オペラに行って参りました-2007年(その1)

目次

本番へ高まる期待   2007年01月07日   藤原オペラプレステージ-藤原歌劇団公演「ラ・ボエーム」レクチャーコンサート-を聴く
ムゼッタへの愛   2007年01月26日   藤原歌劇団「ラ・ボエーム」を聴く
プリマドンナオペラの魅力はプリマドンナ   2007年01月28日   東京オペラプロデュース「ルイーズ」を聴く
人工美としての肉体美   2007年02月12日   東京二期会オペラ劇場「ダフネ」を聴く
ギャグは難しい   2007年02月15日   新国立劇場小劇場オペラ「フラ・ディアヴォロ」を聴く
キャリアを重ねるということ   2007年02月18日   王子ホール「高橋薫子リサイタル」を聴く
日本初演の余韻   2007年02月25日   ウィークエンド・クラシックサロン”音の散歩道”XI「ゼッキンゲンのトランペット吹き&ドン・カルロ」を聴く
ワーグナーを歌うということ   2007年03月07日   新国立劇場「さまよえるオランダ人」を聴く
若手を楽しむ   2007年03月09日   新国立劇場オペラ研修所研修公演「アルバート・ヘリング」を聴く
再演の力   2007年03月15日   新国立劇場「運命の力」を聴く
凱旋公演にはならず   2007年03月22日   新国立劇場「蝶々夫人」を聴く
日本的ということ   2007年03月25日   東京テアター「ミカド」を聴く

どくたーTのオペラベスト3 2006年へ
オペラに行って参りました2006年その3へ
オペラに行って参りました2006年その2へ
オペラに行って参りました2006年その1へ
どくたーTのオペラベスト3 2005年へ
オペラに行って参りました2005年その3へ
オペラに行って参りました2005年その2へ
オペラに行って参りました2005年その1へ
どくたーTのオペラベスト3 2004年へ
オペラに行って参りました2004年その3へ
オペラに行って参りました2004年その2へ
オペラに行って参りました2004年その1へ
オペラに行って参りました2003年その3へ
オペラに行って参りました2003年その2へ
オペラに行って参りました2003年その1へ
オペラに行って参りました2002年その3へ
オペラに行って参りました2002年その2へ
オペラに行って参りました2002年その1へ
オペラに行って参りました2001年後半へ
オペラへ行って参りました2001年前半へ
オペラに行って参りました2000年へ 

鑑賞日:2007年1月7日

入場料: 2000円 自由席

主催:オペラを愛好する立川市民の会

藤原オペラプレステージ −藤原歌劇団公演 オペラ「ラ・ボエーム」 レクチャーコンサート-

会場 立川市民会館(アミューたちかわ)小ホール

ご案内・解説 岡山 廣幸
ピアノ 藤原 藍子

出 演

ミミ 砂川 涼子
ロドルフォ 村上 敏明
ムゼッタ 宮本 彩音
マルチェッロ 谷 友博
コッリーネ 岡山 廣幸

プログラム プッチーニ「ラ・ボエーム」より

第1幕   Che gelida manima   冷たい手を   村上
    Si, Mi Chiamano Mimi   私に名はミミ   砂川
第2幕   Quando m'en vo' solletta   私が街を歩くと   宮本
第3幕   Donde lieta usci Addio dolce svegliare   さようなら〜さようなら甘い目覚めよ   砂川・村上・宮本・谷
第4幕   Vecchia zimarra, senti   古い外套よ、いざさらば   岡山
    Sono andati   皆行ってしまったのね〜終幕   砂川・村上・宮本・谷

感 想

本番へ高まる期待-藤原オペラプレステージ−藤原歌劇団公演 オペラ「ラ・ボエーム」 レクチャーコンサート-を聴く

 2007年1月26-28日、藤原歌劇団は、オーチャードホールで「ラ・ボエーム」を上演いたします。藤原は、昨年まで15年ほど正月といえば「椿姫」を上演し、一つの正月の風物詩となっていたわけですが、本年は「ボエーム」。この変更は藤原の新たなチャレンジに繋がることが期待されます。しかしながら、日本人はボエームをどうも好まないらしく、切符の売れ行きは今ひとつ、ということです。私は常々プッチーニ嫌いを宣言しておりますので、別に「ボエーム」の肩を持つ必要は無いのですが、客観的に見て、プッチーニのオペラ12作品のうち、一番出来のよい作品が「ボエーム」であることは疑いない。シナリオといい、音楽の構成といい、醸し出す雰囲気といい、プッチーニ嫌いの私でも評価せざるを得ないと思っています。

 そのような切符の売れ行き不振に危機感を覚えた、というわけではないでしょうが、その宣伝も兼ねた教育演奏会が開かれたので出かけてまいりました。このような演奏会ですから、当然切符は余っているものと高を括っていたら、いや何と売り切れ。当日券はありませんという主催者に無理を申し上げて入場させていただきました。でもそれは当然かも知れません。いわゆるAキャストの主役の二人、砂川涼子と村上敏明が出演し、それにBキャストを代表して谷友博が登場する。ムゼッタがアンダースタディの宮本彩音ですが、宮本は若手ですが、十分力のあるソプラノです。この手の演奏会としては十分豪華でした。歌もまたいい。

 最初、オープニングに出演者が登場した後、40分ほど岡山さんのプッチーニとボエームの成立事情に関する講演がありました。この話の内容は、細かいエピソードは別にして、大筋のところでは私の頭の中に入っておりました。なお、講演で、彼は明らかな間違いを一つおっしゃっておりましたので、そこは訂正しておきましょう。昨年プッチーニの第2作のオペラ「エドガール」が江戸川区で日本初演された、とおっしゃっていましたが、これは、千葉県市川市の誤りです。これは昨年の5月13日市川オペラ振興会が創立25周年記念として行徳文化ホールI&Iにて上演したものです。ま、そんなことはどうでもよいことですが、その後、休憩を挟んで、ハイライト演奏となりました。

 狭いホールで実力派歌手がまともに声を出しますので、それぞれの特徴、問題点が良く見えて面白い。

 村上敏明の「冷たい手を」は、結構なものです。ただ、高音に上る部分の響かせ方が、いかにも喉に負担をかけているな、と思わせるところがあり、そこはもっとすっきりと歌ってほしいと思いました。

 砂川涼子は本調子ではなかった様に思います。本来の砂川の声質から見ると、一寸がらがら声ではなかったかと思いました。そうは申しても、ちょっと翳りのある砂川の声質はミミにぴったりです。「私の名はミミ」は情感の表現がよく、これで声にざらつきがなければ、と思いました。

 宮本彩音の「ムゼッタのワルツ」もよし。彼女はオープニングに1回。更にハイライトで1回歌ったのですが、どちらも同じスタイルながら、2回目のほうがよりよかったと思います。彼女は硬い声のソプラノだったのですが、最近は柔らかい表現も出来るようになり、この「ムゼッタのワルツ」も一寸崩れた雰囲気が絶妙でした。

 谷友博が参加した二幕、四幕の四重唱はどちらも素晴らしい。二幕は、マルチェッロとムゼッタの鋭い声の交錯と、ミミとロドルフォのロマンチックな声の交錯とが上手く対比して、ドラマティックな盛り上がりを見せてくれましたし、ラストシーンも椅子一つだけの小道具の中、ボエームの悲しみを上手に表現できていたと思います。

 岡山さんの「外套のアリア」は、岡山さんが歌うのを久しぶりで聴きましたので、それだけで満足です(別に下手というわけではありません。十分な歌唱でした。念のため)。

 全体的には良くまとまっており、1月26−28日の公演が大いに期待できる演奏だったと思います。Braviでした。なお、当日は公表されているキャストに一部変更があり、ベノアが山田祥雄さんから折江忠道さんになるそうです。また、岡山さんも登場して、どこかで一声歌うそうです。

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鑑賞日:2007年1月26日

入場料: 7000円 3F2列23番

平成18年度文化庁芸術創造活動重点支援事業
2007都民芸術フェスティバル助成公演

主催:(財)日本オペラ振興会/(社)日本演奏連盟

藤原歌劇団公演

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「ラ・ボエーム」(La Boheme)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ

会場 オーチャード・ホール

指 揮 園田 隆一郎
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 及川 貢
児童合唱 多摩ファミリーシンガーズ
演 出 岩田 達宗
美 術 増田 寿子
衣 裳 前田 文子
照 明 沢田 祐二
舞台監督 菅原 多敢弘

出演

ミミ 砂川 涼子
ロドルフォ 村上 敏明
ムゼッタ 高橋 薫子
マルチェッロ 堀内 康雄
ショルナール 三浦 克次
コッリーネ 久保田真澄
ベノア 折江 忠道
アルチンドロ 柿沼 伸美
パルピニョール 田代 誠

感 想

ムゼッタへの愛−藤原歌劇団公演 「ラ・ボエーム」-を聴く

 ニューイヤースペシャルオペラとして15年来続いた「椿姫」は昨年終了し、本年は「ボエーム」でのスタートです。言うまでも無くボエームは、藤原歌劇団の旗揚げ公演の演目ですし、藤原歌劇団の節目の演目としてぴったり、ということなのでしょうね。また、最近の藤原には珍しく、指揮者、演出、主要な歌手、そして脇役に至るまで日本人を含むアジア系の歌手で固めています。これも面白い趣向だと思います。そして、全体としてみれば、よく練られた舞台だった、と申し上げることに何ら躊躇がありません。トータルバランスで申し上げれば、私がこれまで実演で見たボエームの中で一番良かった舞台だと思います。

 この魅力のある舞台の成功の要因はまずチームワークのよさがあると思いますが、もう一つ、スタッフ・キャストが若い心を失わなかったことが要因だと思います。まず、岩田達宗の演出が秀逸。本人の言に寄れば佐伯祐三の絵がモチーフであるそうですが、全体の絵画的雰囲気で一貫しています。しかし平面的な構成にはならず、ダイナミズムがあります。歌手たちの細かな動かし方も面白いです。第一幕でベノアが入ってくるところで、ロドルフォがワインを噴出して見せたところがその一例でしょう。

 決して広いとはいえないオーチャードホールの舞台の上で、カルチェラタンの雑踏を見るほうが混乱しないように整理して見せたところも結構でした。有名なゼフレッリの舞台を参考にしているのだろうとは思いますが、群集と主人公たち6人の接触のさせ方が見事でした。そして、今回の演出上の白眉は第三幕です。この幕は、ミミとロドルフォ、ムゼッタとマルチェッロの二つのカップルが破局を迎える場面ですが、普通は、純情なミミと蓮っ葉なムゼッタ、として描かれることが多い、と思います。しかし、岩田はそうはしなかった。ミミの別れが一つの別れ、ムゼッタの別れがまた一つの別れです。第三幕の幕切れは、ムゼッタがお気に入りの靴を投げ捨てて、客席に背を向けて立ち尽くすのですが、そこには、ムゼッタの悲しみが込められていました。このムゼッタの描き方に、岩田のムゼッタへの愛が感じられました。

 園田隆一郎の指揮も結構。未だ30そこそこの若い指揮者ですが、けれん味たっぷりに音楽を作っていきます。ストレートな音楽作りというより、十分歌わせる。しかし、老練な感じはしない。その音楽の作り方に青春というべき時期を終えたばかりの若い指揮者の気持ちを感じました。一寸背伸びしたような感じがとてもよかったと思います。

 歌手陣も総じてまとまっていましたがまず良かったのは、高橋薫子のムゼッタです。ムゼッタのワルツが良いのは大体想像がつきましたが、それ以外のところもよい。例えば金切り声。金切り声が金切り声でありながら、きっちり音楽になっているところは流石です。

 村上敏明のロドルフォも見事と申し上げましょう。1月7日の歌唱より一段と磨きがかかっていました。「冷たい手」のようなアリアもよいのですが、アンサンブルで一定の存在感を示し続けたところがよいと思います。位置がしっかりと分る。それは舞台における位置と音楽における位置の両方ですが、ポジショニングのよさが光りました。このようなスムーズな演技と歌唱を引き出せたことが今回の指揮者と演出の勝利なのかもしれません。

 堀内康雄のマルチェッロも安定していました。現在日本人バリトンの中では最も安定した一人ですから当然ですが、安心して聴いていられます。

 そして、砂川涼子のミミ。彼女は後半が良かったとおもいます。全体に7日よりもブラッシュアップされており満足なのですが、「私の名はミミ」はカマトトぶりが一寸板についていない感じがしました。でも三幕は良かったとおもいます。やるせなさがしっかり出て、説得力がありました。

 ショナールの三浦克次、コッリーネの久保田真澄は、ともに低い音にもう一つ重みが足りない感じがしました。

 細かく見ればもう少しと思うところがいくつかあるのですが、アンサンブルがきっちり整っていて、こせこせしないで流れていくところが良いと思いました。演技も全体に落ち着いていました。折江忠道のベノア、柿沼伸美のアルチンドロもしっかりしていて良かったです。

 第2幕は、ムゼッタの登場が一つのポイントになるのですが、その前後の合唱、パルピニョールの登場と子供たちの合唱といったところも聴き所です。この辺の厚みも見事でした。視覚的な切れと音楽的な切れが上手くまとまっていたのも良かったと思いました。

 全体に良く練られた演奏でした。私は決して大好きな作品ではないのですが、この演奏は聴いて本当に良かったと思います。

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鑑賞日:2007年1月28日

入場料: 6000円 2F2列23番

平成18年度文化庁芸術創造活動重点支援事業
東京オペラ・プロデュース第78回定期公演

主催:東京オペラ・プロデュース

オペラ3幕、字幕付原語(フランス語)上演
シャンパルティエ作曲「ルイーズ」(Louise)
台本:ギュスターヴ・シャンパルティエ

会場 新国立劇場中劇場

指 揮 時任 康文
管弦楽 東京ユニバーサルフィルハーモニー管弦楽団
演 出 松尾 洋
美 術 土屋 茂昭
衣 裳 清水 崇子
照 明 稲垣 良治
舞台監督 八木 清市/佐川 明紀

出演

ルイーズ 大隅智佳子
ジュリアン 大川 信之
秋山 隆典
背戸 裕子
イルマ 秋吉 邦子
カミーユ 工藤 志州
見習い 立岩みさき
エリーズ 平松理沙子
スザンヌ 佐藤 りな
マドレーヌ 杉島 理恵
ブランシュ 金山 祥子
マルグリート 丸山奈津美
ジェルトリュード 田辺いづみ
朝帰りの男 藤牧 正充
屑 屋 三戸 大久
警官1 笠井 仁
警官2 相沢 創
歌 手 望月 光貴
哲学者1 和田ひでき
哲学者2 麻野 玄蔵
彫刻家 岡戸 淳
画 家 保坂 真悟
学 生 白井 和之
若い屑屋 森  陽子
新聞売り 岩崎 裕香
牛乳屋 宮本 裕子
古着屋 北嶋 信也

感 想

プリマドンナオペラの魅力はプリマドンナ−東京オペラプロデュース公演 「ルイーズ」-を聴く

 シャンパルティエの「ルイーズ」は、フランスオペラの名作としてタイトルは有名ですが、日本では滅多に上演されない演目で、私は、録音を含めてはじめて全曲を聴きました。登場人物が多く、合唱は、名前のついた登場人物で行う、というスタイルで、市井の無名の群集を描くという意図があるそうですが、その実態は主人公ルイーズの目覚めに焦点を絞った作品としてみたほうが良いようです。要するにプリマドンナオペラですね。

 プリマドンナオペラは、プリマドンナに魅力がなければ話になりません。その点本日のタイトルロール大隅智佳子は抜群の魅力を振りまきました。私が彼女の歌を聴くのは3回目の筈ですが、毎回前回以上の歌を聴かせてくれています。今回のルイーズという役柄は、ほとんど出ずっぱりのような大変な役ですが、声の力が均一で、震えも無く、音程もしっかりしていてすっきりとしていて大変素晴らしかったと思います。有名なアリア「その日から」は勿論良かったのですが、それ以外の例えば第4幕における両親とのやり取りなども実にしっかりしていて大変感心いたしました。最近、若い歌い手に注目株の方が多いのですが、その一人に指をおるべき方だと思います。

 相手役の大川信之も良かったと思います。2年前のヴァンパイヤのとき、今ひとつしっくりしなかったのですが、今回は良かったと思います。ひたむきなボヘミヤンという感じが良く出ておりました。第一幕の冒頭が失敗すると音楽の魅力が損なわれるところですが、しっかりと決め、それ以外も要所要所を締めておりました。

 母親役の背戸裕子もよい。ルイーズとの二重唱を聴くと、二人とも力がある方なので、声のぶつかり合いが緊迫感をより強めていくようで結構でした。同じく秋山隆典の父親役も物分りのよさそうなふりをして、実は頑固者という様子を上手く出していたと思います。

 その他多くの出演者がいますが、こちらは力に随分差があったようです。しかしながら、このオペラの本筋がプリマドンナオペラですから、そこは仕方がありません。

 時任康文の指揮も、なかなか素晴らしいもののように聴きました。この音楽の持つ、フランス風のエスプリがくっきりと示された演奏で、良かったと思います。オーケストラの細かいミスは勿論あったわけですが、全体としては十分満足できる出来でした。

 これで、もっとセンスのよい演出であれば非の打ち所無し、となるはずでしたが、松尾洋の演出は、どうもしっくりと来ません。階段をメインのモチーフにして、底辺から上に抜ける、ということを言いたかったのかもしれませんが、泥臭い感じが抜けません。作品それ自身が、フランスオペラらしいセンスがある作品ですから、演出ももっとよいセンスでやっていただきたいものです。

 それにしても、演奏は良かったのですから、体調不良の中、出かけてよかったと思います。

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鑑賞日:2007年2月12日

入場料:D席 5000円 4FR1列32番

平成18年度文化庁芸術創造活動重点支援事業
2007都民芸術フェスティバル助成公演

主催:財団法人東京二期会/社団法人日本演奏連盟/有限会社東京アートファクトリー

牧歌的悲劇 全1幕、字幕付原語(ドイツ語)上演 日本初演
リヒャルト・シュトラウス作曲「ダフネ」(Daphne)
台本:ヨーゼフ・グレゴール

会場 東京文化会館大ホール

指 揮 若杉 弘
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱 二期会合唱団
合唱指揮 森口 真司
演出・振付 大島 早紀子
装 置 松井 るみ
舞台美術協力 島田 清徳
衣 裳 朝月 真次郎
照 明 沢田 祐二
舞台監督 八木 清市

出演

ペナイオス(ダフネの父) 池田 直樹
ゲーア(ダフネの母) 板波 利加
ダフネ 釜洞 祐子
ロイキッポス 樋口 達哉
アポロ 福井 敬
第1の羊飼い 勝部 太
第2の羊飼い 塚田 裕之
第3の羊飼い 村林 徹也
第4の羊飼い 斉木 健詞
第1の乙女 平井 香織
第2の乙女 江口 順子
     
メインダンサー 白河 直子
ダンサー 木戸 紫乃
ダンサー 小林 史佳
ダンサー 斉木 香里
ダンサー 横山 博子

感 想

人工美としての肉体美−東京二期会オペラ劇場公演 「ダフネ」-を聴く

 若杉弘/二期会は積極的にリヒャルト・シュトラウスのオペラ作品を紹介しています。昨年は演奏会形式でしたが、「ダナエの愛」を、その前は「エジプトのヘレナ」を上演しました。そして,今回は「ダフネ」です。リヒャルト・シュトラウスは生涯15本のオペラを書いた訳ですが、日本で上演されるのが「ダフネ」で12本目。あとは、初期の習作2本と、「ダフネ」と同時期にかかれ、兄弟的作品とみなされる「平和の日」だけです。この調子で行くと、「平和の日」の日本初演もそう遠くないように思います。

 世界的に見ても「ダフネ」は、そう頻繁に上演される作品ではなく、CDを滅多に買わない私には、当然初耳の作品です。ギリシャ神話に対する素養も無く、ダフネのお話も知らず、全くの白紙で聴いたのですが、シュトラウスらしさがいっぱい詰まった作品でした。過去の作品を思い出させるいくつものフレーズと大胆な転調は、いかにもシュトラウス、という感じです。確かにオペラなのですが、音楽の流れは、かつての大規模交響詩(「ドン・キ・ホーテ」とか「英雄の生涯」とか)と同様に途中に切れ目が無く連綿と流れます。その厚みのある音の流れを全く邪魔することなく見せた大島早紀子の演出がまずは見事でした。

 大島早紀子は、コンテンポラリーダンスのH・アール・カオスの主催者で、ダンサーの白河直子と共に、先鋭的な舞台を作ってきた方だそうですが、本日の舞台も正に先鋭的でした。踊りはとりあえず置いておきますが、大道具の動かし方一つをとっても天才的です。音楽の流れを全く止めることなく、舞台をどんどん変化させて見せます。最初のダフネの登場のアリアの場面での森のイメージから祭りの場としての広場への変更、そして、ダフネとアポロとロイキッポスのやり取りの場面の舞台と、形が全く違うものを音楽の流れに乗せて変化させる技は、実に素晴らしい。

 この大道具の動かし方だけでも瞠目すべきものですが、ダンスは輪をかけて素晴らしい。暗闇の中、メインダンサーの白河直子が登場します。白河はいたずらもののキューピットです。このキューピットは、恋の矢をアポロとダフネに射掛け、そして、踊りが始まります。この序曲における激しいダンスの動きこそ、本日の白眉でした。「鍛え抜かれた肉体」と簡単に言いますが、筋肉と骨しかないような白河の肉体は正に人工美としての究極でしょう。シュトラウスの人工的な音楽と白河の中性的な肉体は本当にマッチしています。白河は天使として最初のダンスを踊りますが、最後は月桂樹になるダフネとしてダンスを踊ります。上半身裸になり、乳房を露出してのダンスですが、そこに性的なものを感じさせないところが凄い。徹底して踊りに昇華していました。

 白河だけではありません。四人のダンサーの踊りも特筆ものです。四人はまず木として登場します。彼女たちは植物ですから、踊りも植物的です。どのように踊っているのか、客席から目を凝らしてみても一寸想像出来ないところがあります。何らかの支えは使っていると思うのですが、それにしても想像外れた動きで、全く飽きさせないものがあります。それも単にアクロバチックなだけではなく、音楽の流れに上手く乗っているのが素晴らしいところです。

 とにかく、コンテンポラリーダンスのバックボーンに立脚した今回の大島の演出は、大変優れたもので、更にダンサーたちの類まれなる踊りによって、その意図は120%達成された、と申し上げてよいのではないでしょうか。私は大いに満足しました。

 日本におけるリヒャルト・シュトラウスの伝道者、若杉弘の指揮は、十分「ダフネ」という作品の魅力に迫るものでした。前半のまったりした表情がよい。東京フィルの演奏は、管楽器を中心に随分瑕の多いものでしたが、四管編成の大規模オーケストラ作品で105分間ぶっ続けに演奏するわけですから、ある程度の瑕は仕方がありません。でも、音に濁りがもう少し少なくなれば、この作品のポリフォニックな魅力が更に引き立っただろうな、という気がしました。

 歌手陣もがんばっていたと思います。

 外題役の釜洞祐子は、2-3年前から比べると、声に衰えがはじまってきたようにおもいます。シュトラウスの音楽の繊細さに拘っていたからだとは思うのですが、どうしてもヴィヴラートの振幅が大きくなり、ワウワウ音も聴こえました。それでも登場のアリアの繊細な表現は流石のものでしたし、ロイキッポスへの挽歌の歌唱も魅力がありました。声は万全ではなかったのですが、よく考えた歌唱で、素敵だったと思います。

 アポロの福井敬もまずまずでしょう。彼も最盛期の声の張りはなくなってきましたが、強い声での表現に魅力があります。ただ、私は、この作品はもっと透明感を前に出したほうが、聴き手に魅力ある作品となると思うのですが、オーケストラも釜洞も福井も、透明感を出す点に関してはあまり考慮を払っていなかったようで、そこが残念でした。

 その点、若い樋口は、自分では意識していなかったと思うのですが、声に透明感があり、よかったと思います。

 そのほかの歌手陣では母親役の板波利加がよく、二人の乙女の二重唱も良かったと思います。

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鑑賞日:2007年2月15日

入場料: 5000円 B2列11番

小劇場オペラ THE PIT #16

主催:新国立劇場

全3幕、日本語上演
オベール作曲「フラ・ディアヴォロ」(Fra Diavolo)
台本:ウージェーヌ・スクリーブ
訳詞:城谷正博(「岩にもたれた」=堀内敬三訳)
日本語台詞:田尾下哲

会場 新国立劇場小劇場

指 揮 城谷 正博
管弦楽 新国立小劇場アンサンブル
合 唱 新国立小劇場オペラ・ヴォーカルアンサンブル
演 出 田尾下 哲
美 術 升平 香織
衣 裳 加藤 寿子
照 明 立田 雄士
音 響 黒野 尚
映 像 小林 倫和
舞台監督 伊藤 潤

出演

フラ・ディアヴォロ 成田 勝美
コックバーン卿 今尾 滋
パメラ 林 美智子
ロレンツォ 大槻 孝志
マッテオ 大澤 建
ツェルリーナ 諸井 サチヨ
ペッポ 大野 光彦
ジャコモ 峰 茂樹
ドロンヌ 木村 真樹
マイコリン 浅野 美帆子
ハッコ 畠山 和子
オッツボーネ 藤井 直美
きんたいち 長 裕二
アルッキー 竹内 俊介
イノシ課長 根岸 一郎
ランボー 渡辺 健一
特別出演 滝口 順平

感 想

ギャグは難しい−新国立劇場小劇場オペラ 「フラ・ディアヴォロ」を聴く

 浅草オペラ時代、金龍館で二箇月間上演された「フラ・ディアヴォロ」がほぼ90年ぶりに再演されました。浅草オペラは、外国オペラを適当に縮小して上演するのが常でしたから、本来のオペラ・コミック「フラ・ディアヴォロ」とは違っていたはずです。どのように違っていたかは、私自身は勿論知らないのですが、今回の新国立劇場版「フラ・ディアヴォロ」も多分本来のものとは、相当に異なっているはずです。

 本来の「フラ・ディアヴォロ」の概要は、「オペラ辞典」によれば、『ナポリ一帯を荒し回る山賊の首領フラ・ディアヴォロ(実はサンマルコ侯爵(T)の狙う相手は、イギリス貴族夫妻のロックバーン卿(通称オールキャッシュ)とパメラ(MS)。しかし騒ぎに旅館の主人マッテオ(Bs)の娘ツェルリーナ(S)を巻き込んでしまい、その恋人ロレンツォ(T)にディアヴォロはつかまる』ということで、イタリアの旅館が舞台のようです。

 この舞台を城谷正博と田尾下哲のコンビは昭和40年代後半の日本の温泉旅館に移しました。そして、本来オペラの登場人物ではない、ディアヴォロの手下ドロンヌ、旅館の仲居マイコリン、ハッコ、オッツボーネ、ロレンツォの部下に、きんたいち、アルッキー、イノシ課長、ランボーを登場させ、昭和40年代らしさを強調するのです。演出の基本コンセプトは「八時だよ全員集合」とアニメの「タイムボカン」シリーズ。

 ドロンヌ、ペッポ、ジャコモの三人は、タイムボカンシリーズ第2作の「ヤッターマン」のドロンジョ、ボヤッキー、トンズラーを意識していますし、影の悪役として声だけ登場する滝口順平は、「ヤッターマン」では、「ドクロベエ」として登場していました。泥棒物語のオペラを見て「ヤッターマン」を思い出すところが、城谷正博と田尾下哲の世代を語ります。彼らは世代的なサービスを他にも見せます。ロレンツォの部下の「きんたいち」はチューリップハットに袴で登場し、これは1970年代の横溝正史ブーム時の金田一耕助のパロディですし、ロレンツォの部下の課長がイノシカチョウ、と花札だと云うのですから、城谷正博と田尾下哲は、学生時代、真面目に勉強していたのかしら。

 このような仕掛けは結構がんばっていましたが、仕掛けほどギャグは面白くありませんでした。要するにオペラ歌手にはギャグが身についていないのです。がんばってはいるのですが、正直つらいものがあります。また、本来のオペラに無いいろいろなキャラクターを出すことにより、舞台が整理されにくかったのも問題かも知れません。正直申し上げて、城谷と田尾下の意図は空回りしていた、と申し上げざるを得ない。

 音楽的にも結構厳しいと思いました。簡単に申し上げれば、場末のビンボ臭さが漂うのですね。諸井サチヨの歌唱などは総じて良かったと思いますし、大槻孝志のロレンツォのアリアも良いものでした。成田勝美の歌唱も悪いものではありません。でも歌にサプライズが無い。本来この作品が持っている味わいがどこまで表現できたかは疑問です。と申しますのは、今回の演出では、名作オペラの有名曲を難曲も挿入しているのですが、どの歌手の方も、名作オペラのアリアを歌うときのほうが、ずっと生き生きとして、聴き応えがあったからです。

 これはこの作品が本来このような味わいなのか、それともそこまで突き抜けられなかったのか、は分りません。一番有名な「岩にもたれて」は、8トラックのカラオケで、ツェルリーナとディアヴォロとがデュエットするわけですが、そこの印象は、オペラ・アリアというよりも場末のカラオケ屋の印象が強かったです。

 しかし、私にとって、この舞台は楽屋落ち的意味で楽しめました。大野光彦と峰茂樹はよく舞台を見ておりますが、このような間が抜けた悪役キャラでの登場ははじめてかもしれません。そのせいか、大野も峰もどこか戸惑った感じがあって、そこが又楽しめました。林美智子に和服姿が良く似合う、というのも新しい発見でした。 

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鑑賞日:2007年2月18日

入場料: 5000円 自由席

主催:新日本印刷株式会社

ソプラノ高橋薫子リサイタル
ピアノ伴奏:河原忠之

会場 王子ホール

プログラム

  からたちの花 北原白秋作詞/山田耕筰作曲
  待ちぼうけ 北原白秋作詞/山田耕筰作曲
  中国地方の子守唄 日本古謡/山田耕筰編曲
歌曲集「秋の鐘」より おおぞらのこころ 八木重吉作詞/木下牧子作曲
  空が凝視ている  
歌劇「フィガロの結婚」より 早く来て、いとしい人よ モーツァルト作曲
歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」より 岩のように動かず モーツァルト作曲
休憩
  フィレンツェの花売り娘 ロッシーニ作曲
歌劇「ランスへの旅」より 心地よい影のもと ロッシーニ作曲
  優雅な月よ ベッリーニ作曲
  マリンコニーア ベッリーニ作曲
  喜ばせてあげてください ベッリーニ作曲
歌劇「夢遊病の女」より 愛する仲間の皆さん〜今日は晴れやかな ベッリーニ作曲
アンコール
歌劇「ラ・ボエーム」より 私が街を歩けば プッチーニ作曲
  約束 ロッシーニ作曲
  子守 日本古謡/山田耕筰編曲

感 想

キャリアを重ねるということ−ソプラノ高橋薫子リサイタルを聴く

 高橋薫子を最初に聴いたのが、山荷雅子の代役で急遽「ルチア」のタイトルロールで舞台に立ったときですから、ほぼ15年になります。そのときまだ20代だった彼女ももう40代。一時期中たるみの時もあったのですが、ここ数年の活躍は正に目覚しいものがあります。昨年から今年にかけては、「ランスへの旅」のコリンナ、「ボエーム」のムゼッタ、「リゴレット」のジルダと立て続けにヒロイン役が続きます。彼女の持ち味は、きっちり歌うことにあります。リリコ・レジェーロの声にあわせて、かつてはスーブレット役が多かったのですが、最近はフィオルディリージの様に純粋リリコ役も歌うようになり、レパートリーも少しずつ広がっているようです。

 年齢を重ね、キャリアを重ねることによって、レパートリーを慎重に広げていくことは大変好ましいことです。彼女のリサイタルも年に1回ぐらいずつ聴いておりますが、その曲目は徐々に変化しているようです。基本が、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニのベルカント・オペラとモーツァルトにあるところはあまり変わりませんが、日本歌曲が徐々に増えており、歌う曲目も次第に変わってきています。一寸前は、中田喜直の作品を取り上げていましたが、今回は山田耕筰。

 「からたちの花」も「待ちぼうけ」も山田の作品として最も有名なものでありますが、また、北原白秋の日本語歌詞のイントネーションの動きとメロディの流れが一致しているという特徴がある点でも有名です。即ち山田の歌はベルカント唱法とは一寸違う歌い方をしないと味わいが出てこない。実際オペラアリアを上手に歌う歌手でも、日本語歌曲はからっきし、という方が何人もいます。実はかつての高橋も、オペラの曲はとても素晴らしかったが、日本語の曲は今ひとつという時期もあったと思います。

 そう思うと、日本語の抒情歌をこれだけ分りやすくしんみりと、あるいは軽快に歌えるようになった、ということに高橋の年齢の重ね方の上手さを感じます。細かいことを申し上げれば、「からたちの花」は、まだ十分喉が温まっていなかったようで、細かいところに何箇所か瑕がありましたが、全体としては見事なものでした。「待ちぼうけ」は軽妙で楽しく、「中国地方の子守唄」は、しんみりとしてよかったです。

 木下牧子は、中高生向けの合唱曲に佳品が多い方ですが、独唱曲集も作曲されているのですね。ちなみに歌曲集「秋の鐘」は、1995年に発表された歌曲集で、(おおぞらのこころ/植木屋/うつくしいもの一群のぶよ/秋のかなしみ/竜舌蘭/黎明/不思議をおもう/空が凝視ている)からなるそうです。今回高橋は、この歌曲集の最初と最後の2曲を取り上げました。初めて聴く曲ですが、木下らしい雰囲気のある作品でした。

 モーツァルトの2曲はスザンナのアリアとフィオルディリージのアリア。どちらもたいしたもの。「岩の様に動かず」は後半が特に良かったと思います。

 前半の日本歌曲とモーツァルトも悪くは無かったのですが、高橋薫子にはベルカントが似合います。後半、まず「フィレンツェの花売り娘」が絶好調。ついでのコリンナのアリアは、昨秋の藤原歌劇団「ランスへの旅」での名唱を思い出させてくれる名唱。素晴らしいです。たいしたものです。ベッリーニの歌曲もいずれも結構で、最後の「夢遊病の女」の大アリアは、流石、高橋というべき歌唱で大いに満足いたしました。

 アンコールは三曲。まず前日の「ボエーム」で歌った「ムゼッタのワルツ」。これは、当然のように素晴らしく、次のロッシーニも流石の歌唱。最後の子守唄は山田耕筰編曲のものだそうですが、最初、歌詞が分らず(普通の東京方言ではありませんでした)、一寸びっくりしました。

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鑑賞日:2007年2月25日

入場料: 2500円 D列11番

主催:三鷹市芸術文化振興財団

ウィークエンド・クラシックサロン”音の散歩道”11
「ゼッキンゲンのトランペット吹き」&「ドン・カルロ」

会場 三鷹市芸術文化センター・風のホール

出演

マリア/エリザベッタ 羽山 弘子
ヴェルナー/ドン・カルロ 羽山 晃生
シェーナウ男爵/フィリッポ二世 峰 茂樹

ピアノ伴奏:佐藤正浩

トランペット:井上直樹

解説・案内役:池田卓夫

プログラム

ヴェルディ作曲 歌劇「ドン・カルロ」より
 第1幕:カルロとエリザベッタとの二重唱 私は王妃様のご好意にお願いに参りました 羽山晃生/羽山弘子
 第3幕:フィリッポ二世のアリア 彼女は決して私を愛してない 峰 茂樹
 第4幕:エリザベッタのアリア  世のむなしさを知る神 羽山弘子
マーラー作曲/井上直樹編曲 花の章 井上直樹(トランペット)
休憩
ネッスラー作曲 歌劇「ゼッキンゲンのトランペット吹き」より
 第1幕第1場より(ヴェルナー、マリア、男爵) 「怖がらないで」〜「おお聖フリードリーン」 羽山晃生/羽山弘子/峰茂樹
 第1幕第2場より、男爵のアリア 「嵐よ、忌々しい痛風を痛みつけるがいい」 峰茂樹
  同  男爵とマリアの二重唱 「救ってもらった方に、もっと感謝しなさい」 羽山弘子/峰茂樹
  同  マリアのリート 「なんと凛々しい方かしら」 羽山弘子
  同  三重唱 「まあ、彼だわ」 羽山晃生/羽山弘子/峰茂樹
  同  ヴェルナーのリート 「歓迎して下さるのですか?」 羽山晃生
  同  フィナーレ 「ライン河畔のここが気に入ってくれて嬉しい」 羽山晃生/羽山弘子/峰茂樹
 第2幕より、ヴェルナーのレシタティーヴォとリート 「よし、これでいい!」〜「河畔で楽しい曲を吹いた」 羽山晃生
  同  愛の二重唱 「やっと二人きりになれたね」 羽山晃生/羽山弘子
 第3幕より、マリアのアリア 「恋が失われ、幸せが消えた」 羽山弘子
 第2幕より、ヴェルナーのリート 「別離の歌」 羽山晃生/羽山弘子/峰茂樹

感 想

日本初演の余韻−ウィークエンド・クラシックサロン”音の散歩道”XI「ゼッキンゲンのトランペット吹き&ドン・カルロ」を聴く。

 ドイツロマン派のオペラは、その確立者とも言うべきウェーバーとワーグナー、そして後期ロマン派の最後の砦とも言うべきリヒャルト・シュトラウスがあまりにも偉大だったため、その間のオペラ作曲家たちはほとんど忘れられて、顧みられることはあまり無いそうです。その間のオペラ作曲家としては、マルシュナー、シューベルト、ロルツィング、フロトー、ニコライなどが居る訳ですが、ドイツでも演奏される回数はあまり多くないそうです。ネスラーともなると、私は恥ずかしながら、今回「ゼッキンゲンのトランペット吹き」というオペラが日本初演されたことを知るまで、名前すら知りませんでした。

 ヴィクトル・エルンスト・ネッスラーのことをオペラ辞典には以下のように書かれています。1841.1.28バルデンハイム(アルザス)-1890.5.28ストラスブルグ。ドイツの作曲家・指揮者。ストラスブルグで神学を修める。ライプチヒでハウプトマンに学び、1870年より同地の市立劇場合唱監督になる。オペラ「ハーメルンの笛吹き」(1879)で成功を収め、のちオペレッタ作曲家に転向、「ゼッキンゲンのラッパ吹き(Der Trompeter von Sackingen)などで人気を得た。

 これしか書かれていないのですが、「ゼッキンゲンのトランペット吹き」が代表作であることは間違いないようです。1884年に初演され、初演の舞台を勤めた指揮者は、若かりし頃のアルトゥール・ニキシュ。ドイツ留学中の森鴎外がライプチヒで出会い、この歌劇の中で最も有名なアリアである「別離の歌」を訳詩集「於母影」に取り上げたということです。森鴎外がドイツ留学中この「ゼッキンゲンのトランペット吹き」を聴いたかどうかは分らないそうですが、2005年春、東京国立博物館で催されたレクチャー・コンサート「森鴎外のオペラへの憧れ」で、企画者の瀧井敬子・東京藝術大学演奏芸術センター助手が紹介し、舞台のゼッキンゲンと姉妹都市である山形県・長井市で上演することになったそうです。

 とはいえ、オペラとはほとんど縁のない長井市で、日本初演のオペラを上演するのは大変なことです。そこで、頑張ったのは、羽山晃生・弘子夫妻。特に羽山晃生さんは、制作、演出、主演、合唱指導と八面六臂の活躍で頑張り、成功裏に終了させたそうです。

そのときの演奏記録は次のとおりです。長井市のホームページから引っ張ってきました。

作曲:ネッスラー 原作:シェッフェル 台本:ブンゲ(原語上演・字幕スーパー付き)
2006年10月8日(日)開場14:30開演15:00・9日(月・祝)開場13:30開演14:00
会場:長井市民文化会館 全席指定:S席7000円 A席5000円 B席3000円
指揮:佐藤正浩 演出:藤代暁子 羽山晃生
出演:峰茂樹(シェーナウ男爵)羽山弘子(マリア)羽山晃生(ヴェルナー)与田朝子(伯爵夫人)太田直樹(コンラーディン)佐藤伸二郎(ダーミアン)菅原浩史(大学総長/ヴィルデンシュタイン伯爵)森道太郎(執事)
管弦楽:山形交響楽団 合唱:長井バートゼッキンゲン記念合唱団 合唱指導:羽山晃生 土屋和彦 藤野祐一
主催:長井市 長井市教育委員会 共催:置賜文化フォーラム
主管:オペラ「ゼッキンゲンのトランペット吹き」実行委員会

 私が、この上演について知ったのは、「音楽の友」の別冊付録・コンサートガイドででしたが、東京ではほとんど話題にならず、この成功が東京に知られたのは、「音楽の友」12月号の菊島大氏のレポートによってでした。これは結構へ〜ェ、ものでしたが、まあ、私にとっては無関係な出来事でした。

 その成功を東京でも聴かせようと企画したのが、日本経済新聞の池田卓夫編集委員。彼は、初演時の主要メンバーである、羽山晃生・弘子夫妻、峰茂樹、そして、指揮者の佐藤正浩をピアニストに、山形交響楽団首席トランペット奏者の井上直樹をソロトランペッターに呼び、ハイライト上演にこぎつけました。そのうえ、おまけとして、ドン・カルロのオペラ・アリアまでつけて。となると、聴かねばなるまい、ということで出かけてまいりました。

 結論を申し上げれば、欲求不満が残りました。結局、知っているオペラのハイライト上演を聴くとき、全体の中でどこの聴き所を聴いているか、自分で分ります。しかし、全く知識が無い「ゼッキンゲンのトランペット吹き」のようなオペラを聴かせられたところで、オペラをまともに味わえているのか、というのが全く分らないのです。だから、正直なんとも申しようが無い。

 はっきりいえるのは、おまけの「ドン・カルロ」は余計でした。峰茂樹のフィリッポ二世のアリアは結構なものでしたし、カルロとエリザベッタの二重唱もエリザベッタのアリアもきっちりと歌われていて、悪くは無いのですが、エリザベッタに羽山弘子の声は本来合っていないと思いますし、それだけに余裕のない歌でした。こんなおまけを付ける位なら、「ゼッキンゲンのトランペット吹き」の味を示すための音楽を紹介してくれたほうが、もっと楽しめたと思います。

 もちろん、「ゼッキンゲンのトランペット吹き」における三人の歌唱、井上直樹のトランペット、佐藤正浩のピアノはそれぞれ、一所懸命のもので、日本初演をやり遂げ、体の中に残ったものを精一杯東京の観客に示そうとしたもので、好感を持ちました。初演の余韻が残っていました。羽山晃生が歌ったヴェルナーは、本来バリトン役で、テノールの羽山が歌うのは、低いところが厳しいと思うのですが、低音もしっかり出ていまして、良かったと思いました。羽山弘子も上出来。特に第3幕のアリアは非常に結構なものでした。峰茂樹も「痛風のアリア」など、聴き応えがありました。伴奏の佐藤も結構。緻密な演奏ではなかったのですが、ダイナミックな表現が良かったと思います。

 それにしても、東京で舞台上演やらないかしら。

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鑑賞日:2007年3月7日

入場料: 5670円 3F2列1番

主催:新国立劇場

全3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
ワーグナー作曲「さまよえるオランダ人」(DER FLIEGENDE HOLLÄNDER)
台本:リヒャルト・ワーグナー

会場 新国立劇場オペラ劇場

 

指 揮 ミヒャエル・ボーダー
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
     
演 出 マティアス・フォン・シュテークマン
美 術 堀尾 幸男
衣 装 ひびの こづえ
照 明 磯野 睦
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

オランダ人 :ユハ・ウーシタロ
ダーラント :松位 浩
ゼンタ :アニヤ・カンペ
エリック :エンドリック・ヴォトリッヒ
マリー :竹本 節子
舵手 :高橋 淳

感 想

ワーグナーを歌うということ−新国立劇場 「さまよえるオランダ人」を聴く

 私がオペラを聴き始めてほぼ30年になりますが、その当時、ワーグナーは敬して遠ざけるものでした。ある年の夏休み、一念発起して「指輪」全曲に挑戦しましたが、途中で挫折したことを覚えています。CDで聴いていると流石に長い。体力が持ちません。ワーグナーは聴くだけでも体力が必要だ、と実感したことを覚えています。その当時、退屈せずに聴けたのが、「タンホイザー」とこの「さまよえるオランダ人」。それでも十分にながい。いわゆるワグネリアンの方が、「オランダ人」や「タンホイザー」を「オペレッタ」と呼んでいる、という話を聞いて、驚いきました。

 そういうわけで、昔から親しんできた作品ですが、舞台を見るのは実は二度目。2005年の二期会公演以来です。他に演奏会形式で、N響定期で取り上げられた95年の演奏を聴いています。今回を含めた3回の実演体験で、恐らく一番良かったのは、95年のN響だと思います。ただ、この演奏、良かったという思い出はあるのですが、今になってみると、どう良かったのかほとんど記憶にありません。結局美化しているかもしれません。そんなわけで、二期会公演と今回の新国の公演を比較しますが、トータルで見れば、今回の新国の公演に軍配を上げてよいのではないかと思います。

 もう少し細かく言えば、指揮とオーケストラの演奏は、二期会の勝ち。演出は新国。歌手も新国でしょう。

 まず、東京交響楽団の演奏技術に問題がありました。まず、序曲からしてあまり真っ当とはいえない。演出上の都合で最後をカットしたのも、私としては疑問ですが、それ以上に演奏のまとまりに欠けるところに違和感を覚えました。ゆっくり演奏すると、アンサンブルが乱れる。指揮が分りにくいのでしょうか。ホルンがこける、といったよくあるミスも大安売りでした。本番に入っても、オーケストラのミスは結構耳につき、なんとも満足できないものでした。ボーダーの指揮は、全体の構成という観点から見れば、まあまあ妥当なものだと思いますが、ところどころ、集中力に欠いているのではないかという節が感じられ、十全だったとは申し上げられないと思います。

 演出は、二期会の渡辺和子のそれよりはましですが、もう少し考えたほうがよいではないかと思いました。比較的写実的な舞台で、古典的な「オランダ人」の印象の強い舞台でした。先鋭的な演出をあまり好まない私としては、このような古典的・写実的演出は基本的に好きなのですが、それなら、変な小細工をせずにオーソドックスに徹するべきでしょう。一番困ったのは、一幕のラストの水夫の合唱。なんか模様付の水夫服を着た合唱団が並ぶと、船の絵らしきものが浮かび上がる趣向。天井桟敷から見るとはっきりしないし、仮にはっきり見えたところで、何だというのでしょう。もう、苦笑するしかありません。それ以外にも、いかにも説明していますと言わんばかりの細かい動作があり、くどい感じがいたしました。そういった説明的動作よりも歌手の動かし方や演技で、内容を浮かび上がらせるような演出を目指せないものか、と思いました。

 今回古典的な演出を行ったのは、ワーグナーの意図に沿って、魂の救済を示したいという演出家の意志があったと聞いております。その考えは悪くないと思うのですが、その魂の救済をクライマックスに持ってくるために、序曲をカットするという趣向は納得行きません。ワーグナーは、作品全体でその思いを伝えようと考えていたものと思います。それを単なる演出の都合でだけでカットしても良いものか。私は音楽を全部使う前提の元で、演出を考えるべきであろうと思います。同様の意味で、第一幕後休憩を入れたのもどうかしら。

 歌を聴いていてまず思ったのは、日本人は、ワーグナーにはまだ距離がある、ということです。多田羅迪夫のオランダ人、エヴァ・ヨハンソンのゼンタ、長谷川顕のダーラント、青柳素晴のエリックという二期会公演は、頑張って歌っていましたが、正直申し上げて、まあ十分と思えるのは長谷川顕のダーラントだけでした。多田羅迪夫は、かなり限界に近いところで歌われていたのではないかしら。そのときと比べれば、皆歌に余裕があります。ここに、日本人歌手と本場のワーグナー歌手の差があるのでしょう。

 まずウーシタロのオランダ人がよい。もう少し緩急をつければ更によいと思うのですが、深みがあって力強いバリトンの音色は、オランダ人の苦悩を歌うのに十分であったと思います。一幕のモノローグでまず感心し、第二幕のゼンタとの二重唱がまた大変結構なものでした。特に二重唱は、カンペの歌とウータシロの歌が高いレベルでぶつかり合い、背中がゾクとしました。第三幕のフィナーレ部分の歌唱も満足できるものでした。

 カンペのゼンタは更に素晴らしい、と申し上げましょう。強い声を出すときのヴィブラートがもう少しかわいらしければ満点と申し上げてもよいのではないでしょうか。当たり役といわれているだけあって、自信のある歌唱。切々とした感情と力強さとが両立し、声もみずみずしく、抜群のゼンタのバラードでした。その後のオランダ人との二重唱における両者一歩も引かないスリリングな競演は、オペラを聴く醍醐味をあじあわせてくれました。

 松位浩のダーラントも出色。初めて聴くバスですが、大変結構でした。ダーラントのコミカルな部分の表出も十分でした。日本人歌手のバス歌手で、本場のワーグナー歌手ときっちり渡り合える人がどれだけいるか、と考えると、松位の貴重さが分ります。

 エリックのヴォトリッヒも悪くないと思います。ただ、これも演出上の都合かもしれませんが、ウータシロ−カンペと並んだところでは、ヴォトリッヒのエリックは、どうしても声に密度が足りないように思いました。

 合唱もよし。私の趣味からすれば、もう少し精妙な歌唱を目指してほしいところですが、迫力は十分ありましたし、響きもよかったと思います。水夫の合唱も第二幕の「糸車」の女声合唱も聴き応えのあるものでした。合唱と共に歌う舵手の高橋淳もいつもながらの安定した歌で結構だったと思います。

 結局のところ、歌手で満足行かなかったのは、竹本節子のマリー、彼女も決して実力の無い方ではないのですが、ソリスト・合唱の迫力の前に、彼女の声が埋没してしまったきらいはあったと思います。ここが、ワーグナーを歌う日本人歌手の限界なのかなあ、などと思いました。

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鑑賞日:2007年3月9日

入場料: 3600円 1F4列41番

主催:新国立劇場

新国立劇場オペラ研修所研修公演

全3幕、字幕付原語(英語)上演
ブリテン作曲「アルバート・ヘリング」(ALBERT HERRING)
台本:エリック・クロージャー

会場 新国立劇場中劇場

指揮・音楽指導 アンドリュー・グリーンウッド
管弦楽 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
ピアノ 大藤 玲子
演出・演技指導 デイヴィッド・エドワーズ
ヘッド・コーチ ブライアン・マスダ
美術・衣裳 コリン・メイズ
照 明 黒柳 浩之
舞台監督 金坂 淳大

出 演

レディ・ビロウズ エレン・ファン・ハーレン(賛助出演)
フローレンス・パイク 小林 紗季子(第9期生)
ミス・ワーズワース 田島 千愛(第8期生)
ゲッジ牧師 青山 貴(第4期生・賛助出演)
アップフォールド市長 河野 知久(第7期生)
バッド警察署長 森 雅史(第8期生)
シド 近藤圭(第9期生)
アルバート・ヘリング 中川正崇(第8期生)
ナンシー マーサ・ブレディン(賛助出演)
ヘリング夫人 増田弥生(第4期生・賛助出演)
エミー 山口清子(第9期生)
シス 鷲尾麻衣(第7期生)
ハリー 前嶋のぞみ(第8期生)

ロックスフォードの人々(新国立劇場演劇研修所2期生)

ピルグリム氏   阿川 雄輔
ジェニファー・サール   岩澤 乃雅
ロイ   宇井 晴雄
トム・オデアー   角野 哲郎
ウィニフレッド・ブラウン/バトラー先生   熊澤 さえか
イーディス・チェイス/トゥール先生   佐々木 抄矢香
ウィリアム   佐藤 満
ジョイス・メアリー/タトル先生   滝 香織
マーガレット   保 可南
フレデリック   遠山 悠介
トム・フッド   西原 康彰
ジェソップ医師   西村 壮悟
エリザベス・ニュエル/ポッド先生   深谷 美歩
アメリア・キーツ   藤井 咲有里
ウィリアムズ夫人   吉田 妙子

感 想

若手を楽しむ−新国立劇場オペラ研修所研修公演 「アルバート・ヘリング」を聴く

 新国立劇場オペラ研修所公演を楽しみにしています。声も演技もフレッシュというところがいい。また、演目が「アルバート・ヘリング」というのも、嬉しいところです。「アルバート・ヘリング」は、ベンジャミン・ブリテンが、1947年のグライドボーン音楽祭のために書き下ろした室内オペラですが、室内オペラと言う割には出演者の数が多く、メジャーな演目にはなりにくいようです。日本でもちょこちょこ上演されているようですが、東京で本格的な舞台上演を行うのは、1985年の桐朋学園大学公演以来かもしれません。ちなみに私は、初耳の作品です。

 演奏は期待違わぬもの。勿論、若い勉強中の歌手たちの舞台ですから、いろいろな問題点はあるのでしょうが、総じて見れば、十分に楽しめる演奏に仕上がっておりました。

 まず、東京シティフィルのメンバーによる室内アンサンブルがよい。12人+ピアノという編成だったと思いますが、小さい編成のせいかまとまりが良く、また個人技もなかなか結構なものでした。フルート、オーボエ、クラリネットなどの木管陣がとりわけ良かったのではなかったかと思います。これは、とりもなおさず、指揮のグリーンウッドが適切な指示を出していたことの裏返しに違いありません。

 作品は、演劇的な側面が強く、歌唱よりもどのような人物造型をしていくかが、感銘の違いに繋がるような気が致しました。また、歌唱技術の点では、訛りのある英語の早口をどのように処理していくのか、というのが重要であると思います。その点では概ね良好でした。勿論、英語の訛りに気をつけるあまり、逆に発声がおかしくなった人でありますとか、早口のアンサンブルが一つ間違ったら壊れるのではないかとか、危ない橋が無かったとは申しませんが、橋から落ちることは無かったようで、良かったです。

 演出は、この作品の寓話性を引き出そうとするもの。舞台の中心にイギリス国旗を掲揚できるポールがあり、その周りに可動式のカラフルな家が並びます。これが、ロックスフォードの村を表現。この家の並び替えで、アルバート・ヘリングの家の商売である八百屋であるとか、町の広場であるとかを表現しています。回り舞台を上手く使いながら舞台の組み換えを行い、コンパクトにまとまったなかなか結構な舞台装置でした。登場人物もそれぞれ、世俗的な特徴をカリカチュアライズして描かれており、なかなか面白いと思いました。

 演技は総じて上手。子役を演じた山口清子、鷲尾麻衣、前嶋のぞみの三人は、いかにもいたずらっ子のようでしたし、旧来の権威の象徴であるワーズワース先生、牧師、市長、警察署長はそれぞれ、それっぽく見えました。

 そのような中で一番頑張っていたのは、外題役の中川正崇でしょう。彼は歌唱面では瞠目できるほどの冴えを示したとは申し上げられませんが、演技は大変良かったと思います。前半のおどおどした雰囲気と終幕における既成の枠を打ち破ったときの対比がしっかり取れていて、よく考えられた歌唱、演技になっていたと思います。感心しました。

 母親役の増田弥生もよかったです。過剰な演技が笑いを誘えます。彼女は、2004年の新国立劇場「ファルスタッフ」でメグを歌いましたが、そのときのことを一寸思い出し、彼女はこのようなおかみさん役が似合っているのだな、と思いました。

 このオペラの最高音部を受持つのが、ミス・ワーズワースです。田嶋千愛は高音の早口を上手く決めながら、一方ですかした雰囲気を上手く出して頑張っていました。河野知久の市長、青山貴の牧師、森雅史の警察署長もなかなか良く、この中で一番似合っていなかったのは、森雅史の警察署長。一寸貫禄が足りず、警察署長というよりも、駐在さんになっていたのはご愛嬌と申し上げましょう。しかしながらこの4人とフローレンス・パイク、ピロウズ夫人、へリング夫人の最大6人で歌われるアンサンブルは、多くの場合早口でやられることが多いのですが、十分にアンサンブルとして成立してしており、聴きものでした。

 近藤圭のシドは、いかにも不良的な雰囲気が良く出ていて良好。マーサ・プレディンのナンシーも揺れ動く心中の表現が見事だったと思います。

 全体的に良く練習されており、登場人物の持ち味を上手く出された、よい舞台になっておりました。

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観劇日:2007年3月15

入場料:5670円、座席:D席 4F229

主催:新国立劇場

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「運命の力」La Forza del Destino)
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ(改訂版:アントーニオ・ギスランツォーニ)

会場 新国立劇場・オペラ劇場

指 揮 マウリツィオ・バルバチーニ
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 エミリオ・サージ
美術・衣裳 ローレンス・コルベッラ
照 明 磯野 睦
舞台監督 大仁田 雅彦

出演           

レオノーラ インドラ・トーマス
ドン・アルヴァーロ 水口 聡
ドン・カルロ ウラディミール・チェルノフ
プレツィオジッラ 林 美智子
グァルディアーノ神父 妻屋 秀和
フラ・メリトーネ 晴 雅彦
カラトラーヴァ侯爵 小野 和彦
クッラ 鈴木 涼子
マストロ・トラブーコ 加茂下 稔
村 長 タン・ジュンボ
軍 医 大久保 光哉

感想

再演の力-新国立劇場「運命の力」を聴く

 新国立劇場のオペラは、プレミエよりも再演のほうが良いことが多いようです。「マクベス」然り、「ホフマン物語」然り、そしてこの「運命の力」もそうだったようです。この舞台は、昨年3月プレミエで、丁度一年ぶりの再演だったわけですが、昨年の舞台よりもいろいろな面でレベルが上がっているように感じました。

 特に良かったのが指揮者でしょう。昨年の井上道義の指揮は、立派な指揮でしたがスリリングではなかった。イタリアオペラの感興のない演奏でした。本年の指揮者バルバチーニは、イタリア人だけのことはあって、身についたイタリアオペラらしさを示せていたのではないか、と思います。と書くと、イタリアローカルな味わいの演奏かと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、どちらかといえば、無国籍な演奏で、ただ演奏を聴いていただけでは、イタリア人指揮者が演奏しているとは思えませんでした。

 基本的には、リリックな指揮ぶりで、「運命の力」という作品に思い入れを示さず、軽快に音楽を進めます。昨年の井上がほぼ3時間で演奏した作品を2時間45分ぐらいで演奏したのではないかと思います。即ち、オーケストラとしては機能的な演奏でした。私は、こういう機能的な演奏は「運命の力」に合わないのではないかと思っていたのですが、あにはからんや、実にいいのです。目から鱗でした。オーケストラの音色もクリアで広がりもあり、木管ソリストたちの技量も大変良かった。特にヌヴーのクラリネットは抜群でした。先日の「さまよえるオランダ人」の演奏とは雲泥の差です。同じオーケストラなのにこれだけ演奏が違うのは、やはり指揮者の違いなのでしょう。バルバチーニ、注目株です。

 ソリストも全般によかったと思います。まずレオノーラを歌ったトーマス。米国出身の黒人ソプラノで、声質はねっとりしていて黒人ソプラノによくいるタイプ。声質は私の好みではありません。一方、歌唱技術は優れたものを持っていました。豊かな声量できっちりとアリアをこなしていく印象。昨年のレオノーラが声量・声質とも良かったにもかかわらず歌唱技術が不安定だったのとは全く逆でした。聴き手としては、きっちりと歌っていただけるほうが、気持ちよく聴けます。第2幕の「あわれみの聖母よ」も第4幕の「神よ平和を与えたまえ」もその意味では非常に素晴らしい歌唱で、ブラヴァも一杯貰っていました。ただ、これらのアリアの持つプラスアルファの魅力を表出させることには成功していなかったようでした。上手いけれども何か一味足りないのです。若手ゆえの限界、ということかも知れません。

 思いがけず良かったのは水口聡のアルヴィーロ。彼は新国立劇場の常連で、これまでも随分聴いてきましたが、今回のアルヴィーロが彼のベストかも知れません。本来アルヴィーロを歌うのに適しているのは、もっと低音に力のあるテノールで水口にはちと荷が重過ぎるか、と思って聴いたのですが、これまた嬉しい誤算。水口は、軽めの声ながら要所を締めてきっちりと纏めてきました。「天使のようなレオノーラ」が実によく、そのほかの部分も過不足のない表現で大変結構。オーケストラの音楽の流れに最も自然に乗っていたと申し上げてもよいでしょう。

 この二人と比較すると、チェルノフのドン・カルロは平凡。必要なことはきっちりとやっていますが、存在感は相対的に乏しいと思います。昨年のロバートソンのときも思ったのですが、復讐者の怨念が、歌や演技に込められているとは言えないように思います。二年連続で同じように思ったということは、演出の問題なのかもしれません。

 脇役陣では、妻屋秀和のグァルディアーノ神父がよい。妻屋は、昨年はカラトラーヴァ侯爵で出演し、本年はグァルディアーノ神父に変更。この変更はヒットですね。妻屋の深みのあるバスは、第2幕のレオノーラとの二重唱でぴったりと合っておりましたし、4幕での存在感も良かったです。フラ・メリトーネの晴雅彦は昨年に続く出演でしたが、昨年に増して軽妙な演技と歌唱を示したと思います。

 林美智子のプレツィオジッラは、昨年の坂本朱より良好な歌唱でした。また歌のフォルムという点でも結構だったと思います。ただ、声の力という点では、他の歌手から比べると弱い感じが否めませんでした。

 以上、いわゆるイタリアオペラらしい演奏ではなかったと思うのですが、全般にクリアで見通しのよい演奏で、「運命の力」というオペラの新しい魅力を引き出しているような公演だったと思います。私は満足でした。

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鑑賞日:2007年322
入場料:D席 5670円 4F 1列
33

主催:新国立劇場

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「蝶々夫人」Madama Butterfly)
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場 新国立劇場・オペラ劇場

 

指 揮 若杉 弘
管弦楽 東京交響楽団
合唱指揮 三澤洋史
合 唱 新国立劇場合唱団
演 出 栗山民也
再演演出 菅尾 友
美 術 島次郎
衣 裳 前田文子
照 明 勝柴次朗
舞台監督 大澤 裕

出 演

蝶々夫人 岡崎 他加子
ピンカートン ジュゼッペ・ジャコミーニ
シャープレス クリストファー・ロバートソン
スズキ 大林 智子
ゴロー 内山 信吾
ボンゾ 島村 武男
神官 龍 進一郎
ヤマドリ 小林 由樹
ケート 山下 牧子

感 想

凱旋公演にはならず-新国立劇場「蝶々夫人」を聴く

 私は「蝶々夫人」嫌いを標榜してはばからず、従って、「蝶々夫人」の舞台もあまり見ないのですが、指揮者が良かったり、歌手が良かったり、あるいは新演出だったりすると、やっぱり出かけてしまいます。そのような意味で、私を新国立劇場に誘ったのは、ジャコミーニのピンカートン出演、ということがあります。また、日本でのオペラデビューとなる岡崎他加子にも興味がありました。

 岡崎は、武蔵野音大卒業後92年に渡伊、97年ごろからヨーロッパで活躍されている方で、一番の当たり役が「蝶々夫人」ということです。そのようなわけで、一寸は期待して出かけたのですが、はっきり申し上げれば、ごくごく平凡なソプラノでした。今日本人で蝶々夫人を歌えるソプラノといえば、木下美穂子、腰越満美、大村博美などがすぐに上がるわけですが、これらの方々と比較すれば、完全に一段落ちると申し上げざるを得ません。歌唱技術が十分洗練されていませんし、また、余裕の無い歌唱で、綱渡り的な部分もありました。私が、「蝶々夫人」を嫌う一つの理由は、センチメンタリズムに流されやすい作品である、ということがあります。岡崎の表現は、ベタベタ感が過剰で、まさに私の嫌いなタイプの表現でした。もっと抑制されたリリックな歌唱で通すほうが、蝶々夫人の悲哀がよく表現できるだろうと思うのですが、ヨーロッパで日本人蝶々さんに求められるのは、過剰なロマン性なのでしょうか。

 歌と比較すると演技ははるかに上等。勿論第1幕の演技は、どう見ても15歳の可憐な花嫁ではなく、悪女の深情け、みたいな感じで、野暮ったい感じが強かったのですが、第2幕は頑張りました。客席に背中を見せて、悲しみを表現するところ、背中で十分悲しみを表現できていたように思います。細かい所作も結構なもので、第2幕の演技は十分満足できるものでした。これで歌がよければ、本当に文句なしなのですが。

 お目当てのジャコミーニのピンカートン。こちらも期待はずれ。2004年の「道化師」における圧倒的名演を覚えている身とすると、一寸悲しいぐらい精彩を欠いていました。第2幕のアリア「さらば愛の家」は、かつてのジャコミーニの片鱗を窺わせる部分もありましたが、全体的には平凡な歌唱に終始した、と申し上げましょう。

 脇役陣は総じて手堅く、まず、スズキ役の大林智子がよい。「花の二重唱」における歌は、岡崎蝶々さんより大林スズキを買いたい。そのほか、一寸した表現でも、深みのある安定した歌唱で良かったと思います。ロバートソンのシャープレスも手堅い。取り立てて申し上げるほどどこが良い、というわけではないのですが、要所要所をきっちり押さえており、十分シャープレスの役割を果たしていました。そのほか、内山信吾のゴローが、軽妙な演技でよろしいと思いました。

 指揮は次期芸術監督・若杉弘。若杉の音楽作りは、ダイナミクスをはっきり示し、音の強弱のメリハリをしっかり示そうとするものでした。構成のしっかりした演奏で、東京交響楽団も、若杉の意思に十分答えた名演奏だったと思います。このシンフォニックな響きがオーケストラだけで完結している分には十分素晴らしく、また「ハミング・コーラス」の部分の繊細な表現などは大変結構なのですが、歌手が入ってくると、ギクシャクしてまいります。歌手の呼吸とオーケストラの呼吸とが合っていない。オケピットから出てくる音は、ストレートである意味即物的ですが、舞台の上では、過剰なロマン的表現で動いている、このミスマッチは、聴いていて気持ちの良いものではありませんでした。

 という分けで、あまり感心も感動も出来ない舞台でした。

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鑑賞日:2007年325
入場料:A席 7000円 2F 5列
22

主催:オペラ「ミカド」実行委員会/東京テアター

祝!ギルバート&サリバン・フェスティバル参加凱旋公演

オペラ2幕、日本語上演
サリヴァン作曲「ミカド」The Mikado)
原作:ウイリアム・S・ギルバート
台本:清島 利典
訳詞:榊原 徹

会場 東京芸術劇場中ホール

指 揮 榊原 徹
管弦楽 東京劇場管弦楽団
合 唱 男女各6人、計12人の合唱団
演出・衣装 藤代 暁子
衣 裳 森田 唱美
照 明 高山 晴彦
舞台監督 友井 玄男

出 演

ヤムヤム 薗田 真木子
ピッティ・シン 関 真理子
ピープ・ブー 北條 聖子
カティシャ 勝又 久美子
ミカド 鹿野 由之
ナンキ・プー 布施 雅也
ココ 吉川 誠二
ブーバー 細岡 雅哉
ピシュ・タシュ 太田代 将孝

感 想

日本的ということ-東京テアター「ミカド」を聴く

 「ミカド」は、日本の架空の街「TiTipu」を舞台にした、サヴォイ・オペラの一作品です。日本を舞台にしたオペレッタ作品にもかかわらず、「蝶々夫人」と比較するとほとんど取り上げられる機会が無く、関東地区では、この作品の日本初演を行った「長門美保歌劇団」が1984年に取り上げて以来、しばらく上演されることはありませんでした。「ミカド」の舞台「Titipu」がどうも秩父らしい、という話が1991年に永六輔がラジオでしゃべったのをきっかけに、秩父市制50周年記念オペラとして2001年秩父で上演され、2003年に秩父と東京で再演されました。この秩父での公演が海外にも発信され、2006年8月1日、英国ダービシャー州バクストンで開催された「国際ギルバート アンド サリヴァン・フェスティバル」でこの秩父の「ミカド」が上演されました(勿論、日本語上演です)。その凱旋公演として企画されたのが今回の上演です。

 私は、2003年の東京公演は、聴きに行くつもりだったのですが、他の用事と重なってキャンセル。ようやく聴くことが出来ました。タイトルばかりが人口に膾炙しているオペラで、私は初めての聴取体験です。「ミカド」はしばしば、ギルバート&サリヴァン・オペラの最高傑作と言われますが、オペラあるいはオペレッタとして音楽だけを評価すれば、一流の作品とは言いがたい。「蝶々夫人」のように上演されないのも分ります。しかし一つの舞台作品として見た場合、その毒の出方がまさに英国的ユーモアが潜んでおり、私には「蝶々夫人」よりもはるかに好ましく思います。

 今回の演出は、恐らく「ギルバート&サリヴァン・フェスティバル」に持っていったものをそのまま使用しているようです。この音楽祭で、「ミカド」を日本語で上演し、所々に英語のギャグを挟むというやり方は、英国の人たちに、驚きをもって受け入れられたのではないでしょうか。衣装も女声陣の振袖、男声合唱の裃姿、ブーバーが公家風といかにも英国人のエキゾチズムをかきたてる様な感じ、一方、ミカドの風体は中国風。我々日本人にとっては、十分日本的とは言えないのかも知れませんが、英国上演を意識して敢えてこのようにしたものなのかもしれません。

 このような作品で、且つ台詞も多く入る作品で、音楽をあげつらうのは野暮の骨頂ですが、音楽的に特段優れている演奏ではありませんでした。歌手陣も瞠目するような方はいらっしゃらなかったと思います。凱旋公演と言いながらも、登場した歌手は、「ギルバート&サリヴァン・フェスティバル」に出演した歌手とは違います。あちらでは、小林由樹や山下牧子、羽山晃生といった若手・中堅ながらも力のある方々が出演していたのに対し、今回は、もう一段格落ちの方々の出演でした。

 その中で、気を吐いていたのがヤムヤムを歌った薗田真木子とココ役の吉川誠二でしょう。薗田は、もう一つ声の強さがほしいところですが、歌唱力としてはナンバーワンと申し上げてよいと思います。二期会で主演級を歌うレベルは、やはり高いものということなのでしょう(とはいえ、二期会「フィガロの結婚」スザンナの歌唱を高い評価を受けたと、パンフに書く神経はいただけません。私は、薗田のスザンナを高く評価することは出来ませんでした)。吉川の歌唱もくせの無いもので、私は好感を持ちました。他に布施雅也も線は細いものの頑張っておりましたし、細岡雅哉のブーバーも悪くはありませんでした。

 しかしながら、全体を盛り上げたのは個々の歌唱というよりは、舞台全体の雰囲気ということだと思います。台詞での結構辛辣な発言(それは、ヤムヤムであったり、ナンキ・プーであったり、ココであったり、ブーバーであったりするわけです)は、現代の日本社会を風刺したり、現代政治を風刺したりして、思わず笑わずにはいられぬものがいくつもありました。そこは、清島利典の台本の勝利と申し上げましょう。更に申し上げれば、歌手陣の演技や踊りも楽しめました。サヴォイ・オペラがミュージカルの前身というのは、彼らの踊りを見れば納得できるところです。

 トータルで見れば二流どころながら、二流としてのスタンスの中で非常によく表現されており、見て楽しめる舞台でした。

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