オペラに行って参りました-2022年(その7)

目次

若手の声 2022年10月9日 昭和音楽大学オペラ「フィガロの結婚」を聴く
ドン・ジョヴァンニの難しさ 2022年10月16日 国立音楽大学大学院オペラ「ドン・ジョヴァンニ」を聴く
明日に期待できる声 2022年10月18日 二期会創立70周年記念「ガラ・コンサート」を聴く
オペラにおいて、アンコールをする意味 2022年10月23日 東京フィルハーモニー交響楽団「ファルスタッフ」を聴く
声はいくつまで成長するのか? 2022年10月29日 日本オペラ振興会団会員企画「Autumn Concert 2022」を聴く
やがて哀しきオペレッタ 2022年11月5日 東京室内歌劇場「黄昏のメリー・ウィドゥ」を聴く
演出がすべきこと、歌手がそれを上回ること 2022年11月12日 NISSAY OPERA 2022「ランメルモールのルチア」を聴く
テレビゲームの世界 2022年11月15日 新国立劇場「ボリス・コドゥノフ」を聴く
レクチャーをするなら、ちゃんと準備を 2022年11月19日 テアトル・フォンテ「オペラレクチャー&コンサート」を聴く
オペレッタはこれぐらいはっちゃけてOK 2022年11月23日 東京二期会オペラ劇場「天国と地獄」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2022年10月9日
入場料:2階 R3列 22番 3000円 

主催:昭和音楽大学

昭和音楽大学オペラ公演2022

全4幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」(Le nozze di Figaro)
原作:ボーマルシェ
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 昭和音楽大学テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 ニコラ・バスコフスキ
オーケストラ 昭和音楽大学管弦楽団
チェンバロ 星 和代
合 唱 昭和音楽大学合唱団
合唱指揮  山舘 冬樹 
演 出 マルコ・ガンディーニ
美 術 イタロ・グラッシ
衣 裳 アンナ・ビアジョッティ
照 明 奥畑 康夫/西田 俊郎
振 付  小山 久美 
演出補 堀岡 佐知子
舞台監督 齋藤 美穂

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 市川 宥一郎
伯爵夫人 木村 有希
スザンナ 山口 はる絵
フィガロ 小野田 佳祐
ケルビーノ 山下 美和
マルチェリーナ 宇津木 明香音
バルトロ 徐 大愚
バジリオ 原 優一
ドン・クルツィオ 西山 広人
バルバリーナ 塚本 雛
アントニオ 安塚 九理人
花娘 上野 由貴/長島 晴香

感 想

若手の声‐昭和音楽大学オペラ2022「フィガロの結婚」を聴く

 昭和音楽大学のオペラ公演はかつてはドニゼッティやベッリーニの作品を取り上げてきたのですが、最近はモーツァルトのダ・ポンテ三部作を交互に取り上げるようになってきています。今年はその3クール目の最初で、また「フィガロの結婚」を取り上げました。ちなみに国立音楽大学の大学院オペラ公演では昔からダ・ポンテ三部作を取り上げており、こちらもほぼ毎年聴いていますが、これまで聴いた感じとして、一番まとまりにくいのが「ドン・ジョヴァンニ」、一番まとまるのが「フィガロの結婚」です。今回のフィガロも全体としてはよくまとまったフィガロに仕上がったと思います。

 舞台は、2015年から使用しているマルコ・ガンディーニのもの。舞台の中央に互い違いの壁2枚を置き、その両側を部屋に見立てて、歌手は左右どちらかで歌う、という感じのものです。歌手たちは割と大きく動くことを求められ、そういうところから作品のスピード感、軽快感を出そうとしているのだろうなと思いました。

 指揮のバスコフスキは基本アレグロの人。序曲を物凄く速く振る指揮者はよくいますが、バスコフスキは序曲だけではなく第1幕ほぼ全部をアレグロで振った感じです。序曲が速くてスリリング。ほぼ学生で構成された昭和音大管弦楽団は何とか食らいついていましたが、結構弾き飛ばしているところも多く、もう少しテンポを落としたとしても丁寧に演奏したほうが良いのではないかと思いました。第1幕も全般的に速すぎる印象です。緩急はある程度はついていますが、基本がアレグロなのでせわしない。例えば、スザンナとマルチェリーナの当てこすりの二重唱は寸詰まりのように聴こえましたし、バルトロのアリアももう一段溜めを作れる余裕があった方がいいし、フィガロの二つのアリアももう少し余裕のあるところで歌わせてあげたかった。指揮者が引っ張るので、歌手はそれに乗らざるを得ず、落ち着かない感じで終わった気がします。休憩時間に何か言われたのでしょうか。第2幕からはもう少し落ち着いた演奏になりよかったです。

 歌手陣では伯爵役の市川宥一郎が実力差を見せつけました。彼も平成生まれでまだ若手バリトンに過ぎませんが、すでに藤原歌劇団の本公演でエスカミーリョ、シャープレス、ダンディーニなど主要役をいくつも歌っているだけのことはあります。他の人たちとは一線を画していました。演技にも歌にも余裕がある。例えば裾を払うような何でもない演技であっても市川がやると自然です。他の人たちは演技指導の通りにやるのが精一杯な感じで、どことなくぎこちないのですが、市川だけは、自然にその動きになっているように見えました。歌もレベルが違います。とにかく声に余裕がある。第一幕のスザンナ、ケルビーノ、バジリオとの重唱は、他の人の精一杯の歌を市川伯爵が受け止めて柔らかく返したりもしていました。第三幕のアリア「訴訟に勝っただと」は伯爵の怒りがめらめらと燃えている感じがして流石でしたし、全体にひとり群を抜いた上手さでした。

 それ以外の方は押しなべて、市川の二割安、三割安、といったところでしょうか。そこは経験の差で致し方がないのですが、もう少し何とかならなかったのかな、と聴き手としては思います。

 その中でいい感じだったのは、まずバジリオ役の原優一。バジリオは第1幕でお邪魔虫的にでてくる役柄ですが、そこのとぼけた雰囲気が秀逸。また今回、カットされることが多い第4幕のアリアも歌われたのですが、そのアリアも軽快に歌ってみせてよかったです。初日はバジリオを歌った西山広大が2日目の今回はクルツィオだったわけですが、このクルツィオもよかった。クルツィオは第3幕のアンサンブルでちょっとだけ歌う役で、割と目立たないテノールが歌われることが多いと思いますが、大柄の西山が歌うと、存在感があって、フィガロとマルチェリーナとが母子であることが分かった時のおたおたした演技のおかしさが一層増すような感じです。

 宇津木明香音のマルチェリーナは、第一幕の二重唱は音楽のスピードに負けて、年増のいやらしさを十分表現できなかった感じ。また、第三幕のフィガロと親子であることが分かる場面は、もう少し臭い芝居をしたほうがよかったと思います。彼女も普通はカットされる第4幕のアリアを歌われましたが、こちらは卒なくこなしました。スピードに負けたという意味では、徐大愚のバルトロも同じ。第一幕のアリアは、もっとしっかり歌えた方が良かったと思いますが、寸詰まり感が強く、バッソ・ブッフォの面白さは感じられませんでした。

 ケルビーノ役の山下美和は今一つ存在感が薄かったです。ケルビーノはいじり役でもありいじられ役でもあり、そのどちらも過剰だと面白みが増すのですが、演出の趣味なのか、いじる方もいじられる方も割とおとなしい感じで、それによる面白みが感じられませんでした。2曲のアリアは、どちらも卒なくこなしていました。一方でバルバリーナの塚本雛は割としっとりした声で、昔新国立劇場で中村恵理がこの役を歌ってデビューしたことを思い出させました。

 伯爵夫人の木村有希。女声陣の中では一番声があるように聴きました。登場のアリア「愛の神様、身にそわせ」があまりうまくいっていなかったのですが、第3幕のアリア「楽しかったときはどこに」はしっとりとした雰囲気を出した歌唱でよかったです。アンサンブルに関しても、もちろん自分の役目を果たしていました。第三幕の手紙の二重唱はスザンナとの声のバランスが丁度良く、美しく響いてよかったです。

 スザンナの山口はる絵。もう少し声に響きと伸びが欲しいところですが、溌溂とした歌を終始絶やすことなく、どの場面でも自分の役割を果たしていたと思います。第2幕と第4幕のアリアはどちらもよかったと思うのですが、3人以上が絡む重唱では、もう一段主張があってもいいのかな、という印象。スザンナがなんといっても実質的な主役ですから。

 タイトル役の小野田佳祐。オペラ初舞台の方のようです。もちろん足りないところは色々あったと思うのですが、初舞台であれだけしっかりと自分の役割を果たしたのは立派です。良い声のバリトンで、最後までテンションを落とさず歌い切りました。第一幕のアリア二曲は、指揮者に振り回されていましたけど、第4幕のアリアは上手に反骨を示しました。これから頑張ってほしいところです。

 以上、伯爵の市川宥一郎を基準に見れば皆足りなかったと思いますが、それぞれ今持っている声で自分のできることをしっかりまとめ、それを舞台で発揮したと思います。更に勉強し、経験を積んで頑張っていって欲しいと思いました。

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鑑賞日:2022年10月16日
入場料:S席 す列 17番 3000円 

主催:国立音楽大学

2022年 国立音楽大学大学オペラ公演

全2幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」(Don Giovanni)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 国立音楽大学講堂大ホール

スタッフ

指 揮 小林 資典
オーケストラ 国立音楽大学管弦楽団
通奏低音(ハンマーフリューゲル) 小林 資典
合 唱 国立音楽大学合唱団
合唱指揮  安部 克彦 
演 出 中村 敬一
装 置 鈴木 俊朗
衣 裳 半田 悦子
照 明 山口 暁
振 付  堀田 麻子 
音 響 片桐 健順
舞台監督 徳山 弘毅

出 演

ドン・ジョヴァンニ 大槻 聡之介
レポレッロ 照屋 博史
ドン・オッターヴィオ 井戸 遼太郎
ドンナ・アンア 竹内 菜緒
ドンナ・エルヴィーラ 桑島 和美
ゼルリーナ 太田 絢子(第1幕)/草野 七海(第2幕)
マゼット 大河原 哲也
騎士長 和田 央

感 想

ドン・ジョヴァンニの難しさ‐国立音楽大学大学院オペラ「ドン・ジョヴァンニ」を聴く

 先週書いたように、国立音楽大学の大学院オペラ公演は伝統的にモーツァルトのダ・ポンテ三部作を取り上げている訳ですが、これまで聴いた感じとして、一番まとまりにくいのが「ドン・ジョヴァンニ」、一番まとまるのが「フィガロの結婚」です。今回の「ドン・ジョヴァンニ」に関してはまとまりについてはまあまあ、全体の出来栄えとしてはイマイチ、というのが本当のところでしょう。

 舞台は、何度も使用されている鈴木俊朗のもので、演出も中村敬一の何度も使用されたものですが、今年は歌手の動かし方などにいくつか新しいこともあり、新鮮でした。また普段はカットされることが多い(というよりウィーン版の追加ナンバーで一般公演では採用されることが少ない)、レポレッロとゼルリーナの二重唱なども演奏されており、音楽的な新鮮味もあったと思います。

 小林資典が指揮する国立音大オーケストラが良い感じ。学生オーケストラで、楽器の音自体は特筆するほどのものではありませんが、全体の音楽の運び方がいい。小林という方を聴くのは初めてですが、自分でレシタテーヴォ・セッコの伴奏をしながらの指揮で、音楽全体の構成と、自分のやりたいスピード感、歌手の歌いやすさの折り合いを上手く着けている感じで、そこが非常によかったと思いました。指揮の目配りが効いていたことで、全体としてのバランスが崩れることがなく、まとまりはまあまあよかったのかな、という印象です。

 歌手としては助演で入った照屋博史のレポレッロがよかったです。照屋のレポレッロは3年前、2019年の国立音楽大学大学院オペラでも聴きました。この時の照屋は割と荒っぽい歌でミスもそれなりにあったのですが、今回は本当にきっちり歌われていて、ミスも少なかった印象です。レポレッロのおかしさ、悲しさをしっかり表現できていました。有名な「カタログの歌」がよかったのはもちろんですが、冒頭のボヤキのソロとそれに続くドンナ・アンナ、ドン・ジョヴァンニとの三重唱から最後の六重唱まで、あたかも狂言回しのように、舞台を引っ張っていた印象です。レポレッロは有名なアリアこそ「カタログの歌」しかありませんが、重唱での絡みが多く、この作品が「ドランマ・ジョコーゾ」とするためのキーパーソンです。彼が舞台をうまく廻してくれたおかげで、全体として良い感じにまとまったということはあると思います。

 今回の助演陣は、レポレッロのほか、外題役のドン・ジョヴァンニと騎士長でした。その中で大槻聡之介のドン・ジョヴァンニはイマイチでした。どうも音の掴まえ方が今一つ上手ではない方のようで、正しい音に最初から入れない印象です。最初に入った音と実際に歌っている音に微妙なずれがあることが多く、聴いているとそこがどうにも気持ちが悪い。そういうところが上手くいかないと、聴き手としてはドン・ジョヴァンニの色気とか冷たさ、といったところまで気にできないし、助演として大学院生を助ける役目も十分には果たせていなかったのではないかと思います。

 騎士長の和田央も今一つ。というか、普通のバリトンが騎士長を歌うのは難しいのでしょう。地獄落ちのシーンではマイクによる増幅が入って、おどろおどろしさを表現していました。

 今回はそれ以外の役柄を大学院・修士2年の方が受け持っていました。みんな頑張っていましたが、上手く行っていた方は少なかったというのが本当のところでしょう。そもそもドン・ジョヴァンニの女性役って性格的に難しくて、人生経験の少ない若い女性には歌いきれない。もちろん楽譜的には歌えるのでしょうが、そこで終わってしまうと聴き手を感動させることは難しい。今回の方々も楽譜的には歌えていたと思うのですが、その先は見えていない歌でした。人生経験も含めて更なる精進が必要なのでしょう。

 ドンナ・アンナを歌った竹内菜緒。今回の中では役に似合った声質の方だったと思います。ドンナ・アンナの「いけず」な感じもまあまあ出てましたし、アリアもしっかりこなしていたのでよかったと思います。一方、ドンナ・エルヴィーラを歌われた桑島和美。メゾソプラノの歌手も歌うドンナ・エルヴィーラとしては声が軽すぎる印象です。楽譜面はしっかり歌われているので役目は果たしているのですが、声に重みがかからないので、エルヴィーラの持つ悲劇的な側面があまりはっきり出てこなかったのが残念ですし、期待される気品も感じられることはありませんでした。大学院生の教育というのが主目的ですから在籍メンバーで相対的に望ましい役柄を選ぶのでしょうが、声質的にはミスマッチで可哀想だったかなというところ。

 ゼルリーナを歌われた二人、第一幕の太田絢子よりも第二幕の草野七海の方が役に似合っていた感じ。太田は割としっとりとした歌唱で、ゼルリーナの持つ勝気なスーブレットの印象はちょっと弱かったのかな、というところ。もっとアクセントなどを強調した歌い方の方が良かったと思いました。一方で草野七海は良い感じ。「薬屋の歌」のちょっと色っぽい感じや、レポレッロとの二重唱での勝気な雰囲気などが印象的でした。

 ドン・オッターヴィオの井戸遼太郎。本来の持ち声が、ドン・オッターヴィオに期待されるリリコ・レジェーロではないのでしょう。一所懸命軽く歌おうとしているのはよく分かるのですが、すぐに鎧が見えてしまうというか、余計な力が入って歌が汚れてしまう印象がありました。マゼットを歌った大河原哲也は低音が全然響かない。だから怒りのアリアも迫力がないし、重唱で組み合わされた時も他の方の声に埋没している感じでした。

 以上、オーケストラの音楽の流れとレポレッロの頑張りで枠組みが壊れるようなことはありませんでしたが、声と役柄とのミスマッチや不十分な歌もあり、全体としてはいまいちという演奏に終わったと思います。

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鑑賞日:2022年10月18日
入場料:C席 4階R1列 9番 6000円 

主催:公益財団法人東京二期会/株式会社二期会21

二期会創立70周年記念

ガラ・コンサート

会場 東京文化会館大ホール

スタッフ

指 揮 角田 鋼亮
オーケストラ 東京交響楽団
舞台監督 幸泉 浩司

出 演

ソプラノ 幸田 浩子
ソプラノ 佐々木 典子
ソプラノ 田崎 尚美
ソプラノ 種谷 典子
ソプラノ 宮地 江奈
メゾソプラノ 池田 香織
メゾソプラノ 加納 悦子
テノール 樋口 達哉
テノール 福井 敬
テノール 山本 耕平
バリトン 今井 俊輔
バリトン 与那城 敬
バリトン・司会 宮本 益光

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌手
モーツァルト フィガロの結婚 序曲 東京交響楽団
モーツァルト コジ・ファン・トゥッテ グリエルモのアリア「彼に向けてください、そのまなざしを」 宮本 益光
モーツァルト フィガロの結婚 スザンナのアリア「とうとう、嬉しい時が来た」 種谷 典子
ヨハン・シュトラウス2世 こうもり ロザリンデの歌うチャルダーシュ「ふるさとの調べよ」 幸田 浩子
マスネ エロディアード エロデ王のアリア「はかない幻」 与那城 敬
リヒャルト・シュトラウス ばらの騎士 元帥夫人、オクタヴィアン、ゾフィーの三重唱「私、正しいやり方であの人を愛そうと心に決めたのだから」 佐々木 典子/加納 悦子/宮地 江奈
休憩
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ シェニエのアリア「ある日、青空を眺めて」 山本 耕平
ヴェルディ マクベス マクベスのアリア「憐みも、誉れも、愛も」 今井 俊輔
ワーグナー トリスタンとイゾルデ イゾルデの愛の死「穏やかに静かに彼が微笑んで」 池田 香織
レオンカヴァッロ 道化師 カニオのアリア「衣裳をつけろ」 福井 敬
プッチーニ トゥーランドット トゥーランドットのアリア「この宮殿の中で」 田崎 尚美
プッチーニ トゥーランドット カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」 樋口 達哉
アンコール
ヨハン・シュトラウス2世 こうもり ぶどう酒の流れる中に 全員

感 想

明日に期待できる声‐二期会創立70周年記念「ガラコンサート」を聴く

 ベテランから若手まで、東京二期会の主役級を集めて行われた、二期会創立記念70周年コンサート。豪華な顔ぶれが素晴らしいです。そして、取り上げた曲がほとんど二期会の本公演で取り上げられた作品からとられています。

 最長老が佐々木典子、一番若い種谷典子まで年齢差がざっと30歳。様々な年代層が集いました。こういうガラコンサートを聴いて思うのは、例外はありますが、ベテランよりも若手・中堅に力があるということ。今回もそれを感じました。この実力のある若手たちが、ますます二期会の本公演を歌うようになるのでしょう。期待したいと思います。

 さて個々の曲の寸評です。

  「フィガロの結婚」序曲。角田鋼亮指揮する東京交響楽団演奏。アレグロを強調しない演奏。人によってはこのアレグロをめちゃくちゃ強調してプレストのように演奏しますけど、角田は急ぎすぎず、個人的にはこの方が好きです。

 グリエルモのアリアは普段歌われないバリエーションも含んだ演奏。その意味では珍しかったのですが、宮本の益光の歌唱自体は音が下に下がっていたり、流れがぎうしゃくしている感じで、バランスよく聴こえてこず、あまり良いものではありませんでした。宮本は司会のことで頭がいっぱいで、歌に十分な注意を払えなかったように聞きました。 続く、種谷典子のスザンナのアリア。最初、緊張している感じでのびやかさに欠けている感じでしたが、丁寧な歌唱に徹して、最後はいい感じにまとまりました。よかったと思います。

 次いで、幸田浩子のロザリンデ。衰えの目立つ「昔の名前で出ています」感の強い歌唱でした。中音はしっとりとしているのですがやや浮き気味で、それでいながら、高音の響きはちょっとかすれた感じで残念。低音部分の響きもはっきりしませんでした。

  与那城敬のエドガールのアリア。前半の白眉でした。声と言い、表現と言い、申し分のないもの。気持ちのいい表情で、聞き手をうならせました。

  「ばらの騎士」の三重唱。多分よくないだろうと思って伺ったのですが、やはりよくありませんでした。この三重唱を上手に聞かせるのは至難のようで、私が上手くいったなと真に思っているのは、1994年のウィーン国立歌劇場の日本公演による三重唱だけです。この時はロットの元帥夫人、ボニーのゾフィー、フォン・オッタ―のオクタヴィアンによる歌唱が天国的に美しく、違う心情を歌っているのに、音は見事にバランスして美しい響きとなり、真に陶酔のひと時でした。そういう歌唱と比較するとき、今回の歌唱はそれぞれの歌唱はそこまで悪くないと思うのですが、重唱になるとバランスが取れておらず、ばらばらな感じがしました。 「ばらの騎士」は日本では東京二期会と新国立劇場しかやらない演目ですからこの曲を取り上げたのでしょうが、もっと別の重唱曲にすればいいのにとは思いました。

 後半に入り、山本耕平の「ある日、青空を眺めて」。柔らかい声でのびやかに高音を歌い上げる素敵な歌唱でした。一か所だけちょっと変なところがありましたが、それ以外は完璧と言っていい歌唱だったと思います。Bravoでしょう。 次に歌われた今井俊輔のマクベスの「哀れみも、誉れも、愛も」。高音が天井を打っている感じはありましたが、中低音は立派ですし、情感の感じられる見事なものでした。

 池田香織の「イゾルデの愛の死」。日本を代表するワーグナー歌手の得意の一曲。さすがでした。二期会の本公演で「トリスタンとイゾルデ」をやったとき、池田香織と雖も体力的にきつかった様子を思い出しましたが、この曲だけを歌う分には立派と申し上げるしかありません。 そして二期会の顔・福井敬の「衣裳を着けろ」。60を過ぎてもまだテノール歌手のトップランナーで走り続ける名手の熱唱。歌いまわしに私の趣味とはちょっとずれるところはあるのですが、もちろんそれはおかしいのではなくて、趣味の問題です。やはりすばらしいものでありました。

 田崎尚美のトゥーランドット姫のアリア。中堅の実力者ですが、その実力をいかんなく発揮したというところ。パワフルですが、パワーだけに走らず情緒もあってとても素敵なトゥーランドット姫を造形していました。 そして最後が樋口達哉の「誰も寝てはならぬ」こちらももちろん立派なもの。トリを飾りました。

 演奏会全体に関しては、もう少し長時間の演奏会の方が聴き応えがあっただろうなという印象。でも宮本益光の司会もコンパクトにまとめておりよかったと思います。

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鑑賞日:2022年10月23日
入場料:B席 2F6列32番 6600円 

主催:東京フィルハーモニー交響楽団

東京フィルハーモニー交響楽団2022シーズン、第977回オーチャード定期演奏会

全3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演/演奏会形式
ヴェルディ作曲「ファルスタッフ」(Falstaff)
台本:アッリーゴ・ボーイト

会場 オーチャードホール

スタッフ

指 揮 チョン・ミョンフン
オーケストラ 東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター 近藤 薫
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮  河原 哲也 
演 出 チョン・ミョンフン
照 明 喜多村 貴
舞台監督 幸泉 浩司

出 演

ファルスタッフ セバスチアン・カターナ
フォード 須藤 慎吾
フェントン 小堀 勇介
カイウス 清水 徹太郎
バルドルフォ 大槻 孝志
ピストーラ 加藤 宏隆
アリーチェ 砂川 涼子
ナンネッタ 三宅 理恵
クイックリー 中島 郁子
メグ 向野 由美子

感 想

オペラにおいて、アンコールをする意味‐東京フィルハーモニー交響楽団第977回オーチャード定期演奏会 オペラ「ファルスタッフ」を聴く

 オーケストラの定期演奏会でアンコールが演奏されることは通常ありません。N響でもソリストによるソリスト・アンコールはありますが、オーケストラによるアンコールは演奏されません。東フィルだって普通はそうでしょう。アンコールといってももちろんなにがしかの準備が必要です。定期演奏会の場合毎月同じお客さんが来場するのですから、毎月違ったアンコール曲を用意しなければならず、なかなか現実的ではありません。そんなわけで定期演奏会ではアンコールを演奏しないことになったのでしょう。オペラはもっと難しい。超絶技巧を駆使したアリアを歌った後、お客さんの「BIS」の声に応えて同じ曲を2回歌うことは絶対にないとは言いませんがあまり多くない。喜歌劇の「メリー・ウィドウ」で、「女・女・女」の七重唱や「カンカン」が拍手に応えて2回演奏されることは時々ありますが、これはアンコールというより、「お約束」というか「仕組まれた演出」とも言うべきでしょう。

 今回ファルスタッフを閉める最後の大フーガ「世の中は全て冗談」がアンコールで歌われ、二度演奏されたわけですが、これは滅多にないサプライズの演出だったと言えます。それで2回聴かせていただいて思ったのは、アンコールで歌われた方が上手く言っていたなという印象です。このフーガ、「精緻に書かれている」とよく言われるわけですが、まずファルスタッフが「Tutto nel mondo è burla.L’uom è nato burlone.」と歌って、この部分がフェントン、クイックリー、アリーチェと様式どおりに、バス、テノール、アルト、ソプラノと歌い継がれていく。この第一グループが一通り歌い終わると、今度はメグ、ナンネッタ、フォード、カイウスの第2グループが「Tutto nel mondo è burla.」と別の音型で歌って歌い継ぎ、更にバルドルフォとピストラが別のお仕事をし、合唱も四部で別の仕事をする。この4つのグループがお互いに影響し合って進んでいく。これがこの大フーガの構造ですが、これをアレグロで、縦の線をきっちり合わせて進むのは至難です。

 初回は誰かが微妙に遅れたか、Tutto nel mondo の三連符で上手く口が廻らなかったかしてバランスが悪くなったか、そこまでは分かりませんでしたが、とにかく微妙にバランスが悪くて濁った和音になった印象。2回目はリラックスしたのが良かったのか、1回目のリベンジを心がけたのか、明らかにクリアな響きになっていました。アンコールをやっていただいて、このクリアな響きを聴けたのが自分としてはとても嬉しかったです。

 演奏全体としてはなんといってもチョン・ミョンフンの力量でしょう。チョンは、指揮と演出の二つを兼ねました(演奏会形式と言われていますが、テーブルとイスぐらいは用意され、細かい小道具も用意されて演技も行われ、セミステージ位の感じです)。通常オペラは指揮と演出とは違う人が担い、その調整が難しかったりすることもあるのですが、今回は音楽と演出とを同じ方が担ったということで全部がチョン・ミョンフンの息で統一されていました。チョンが全部を把握して、どう聞かせたら一番魅力的になるか、演奏会形式という制限の中でどう見せたら一番面白くなるかを十分考えた上での演奏だったと思います。

 そのためか冒頭ガーター亭の主人としてエプロンをつけて箒で床を掃きながら入場するところから最初にタクトを振り下ろして短い前奏に行く流れなども凄く自然でした。また、第一幕第一場でバルドルフォとピストラが手拍子をしながら珍妙なアーメンコーラスをする、その時チョンと演奏に関係しないオケマンたちが手拍子をするとか、盛り上がる部分で管のメンバーを立たせるとか、これはチョンが全部をコントロールをしていることの現れでしょうし、またオーケストラのメンバーも楽し気にノリノリでやっていたのが印象的でした。全部を把握してと言って、オーケストラが乱れるかと言えばそれがない。東フィルはオケピットに入ると結構乱れたりもするのですが今回は全然それがなく、名誉音楽監督がしっかり指示すれば各人の名人技を発揮して、筋肉質に引き締まっているけれどもその筋肉は柔らかい、という演奏に仕上げたのだろうな、と思います。また、演奏会形式で見せていただいたことで、ヴェルディのスコアが大規模ではあるけれども過剰に技巧的でないところもよく分かり、そういうところが見えるのも演奏会形式のメリットだろうと思いました。

 歌手陣に関しては題名役のカターナに存在感がありました。ただ個人的にはあまり好みではない。名誉のモノローグとか「行け、サー・ジョン」とか声量も表情も流石だと思うし、声のコントロールも上手でもあっていいと思うのですが、ヴェルディがファルスタッフという役に与えた陰の部分というか哀しみは、演奏会形式のせいなのかもしれませんが、あまり感じられなかったように思います。

 カターナ以外は日本人キャスト、二期会と藤原歌劇団の混成チームだったわけですが、三宅理恵のナンネッタ、中島郁子のクイックリー、加藤宏隆のピストーラは昨年7月の二期会公演でも同じ役柄を歌っています。そのせいもあるのか、この3人はそれぞれがとてもよかったと思います。特に目立ったのは高音の妖精のアリアのあるナンネッタ・三宅理恵。二期会の時も悪くはなかったけど更に磨きを駆けてきた印象。女声陣の中では一番見事に響かせ存在感を示していたと思います。中島郁子のクイックリーもこの癖の強い役を良い感じでまとめました。二期会公演の時は女声アンサンブルは舞台装置の影響もあったのか、あまりまとまりがよくなかったのですが、今回は良いまとまりでした。アリーチェの砂川涼子はプリマドンナ気質がちょっと強く出すぎたのか、もう少し抑えたほうがいいのではないかな、と思う部分もありましたが、アンサンブルで組み合わさるところでは良い感じで響きを合わせていました。女主人の雰囲気をしっかり持っていました。向野由美子のメグも目立たない役ですが、アンサンブルでは重要です。彼女は2015年の藤原歌劇団公演でこの役を歌っていましたが今回も良い感じでアンサンブルを繋いでいました。

 バルドルフォとピストーラは大槻孝志と加藤宏隆が務めましたが、バルドルフォがいい。ちょっと人を小ばかにした感じを余裕のある歌いっぷりで見せてくれて、実力を感じさせました。ピストーラもしっかり役割を果たしてよかったと思います。男声では小堀勇介のフェントンが聴かせました。軽い高音が若々しさを感じさせて、ナンネッタと絡むと高音の二重唱がすこぶる美しい。フェントンはリリコのテノールが演じることの多い役ですが、レジェーロも良いな、と思いながら聴きました。

 フォードの須藤慎吾、「夢か真か」の怒りのモノローグは流石の迫力。それ以外も美しい高音もありよかったと思います。カイウスの清水徹太郎もしっかり役割を果たしました。

 ただ、アンサンブルは男声の方が弱かった印象。第1幕第2場の男声五重唱と女声四重唱とが合わさって九重唱になる部分、昨年の二期会公演ではここは男声が上手くいって女声があまりうまくいかなかった記憶があるのですが、今回は男声の方がはっきり聴こえず女声が響いていました。男女が同じように響いたアンサンブルになると更によかったかなというところです。

 今回は3回公演の3日目ですが、サントリーホール、オペラシティ・コンサートホール、オーチャードホールとホールがホールが日替わりです。歌手の立ち位置もホールで違うでしょうし響き方も違うのでしょう。そういったことが声のバランスに若干影響して、アンサンブルがうまくバランスが取れないということはあったのかもしれません。そういったことはあったとしても、チョン・ミョンフンの音楽作りはヴェルディ先生へのリスペクトを感じられるもので、全体として締まった良い演奏になっていました。

東京フィルハーモニー交響楽団第977回オーチャード定期演奏会 オペラ「ファルスタッフ」TOPに戻る
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鑑賞日:2022年10月29日
入場料:自由席 3800円 

主催:公益財団法人日本オペラ振興会

日本オペラ振興会団会員企画シリーズ

Autumn Concert 2022

会場 昭和音楽大学 ユリホール

出演

ソプラノ 石井 和佳奈
ソプラノ 大城 薫
ソプラノ 長田 真澄
ソプラノ 木田 悠子
ソプラノ 百々 あずさ
ソプラノ 中森 美樹
ソプラノ 萩原 紫以佳
ソプラノ 福田 亜香音
ソプラノ 渡部 史子
テノール 平尾 啓
テノール 堀越 俊成
バリトン(助演) 森口 賢二
ピアノ 瀧田 亮子
ピアノ 藤原 藍子
司会 川越 塔子

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手 ピアノ
ドニゼッティ 連隊の娘 マリーのアリア「フランスに栄光あれ」 大城 薫 瀧田 亮子
ヴェルディ 群盗 アマ―リアのアリア「あなたは私のカルロの胸に」 石井 和佳奈 瀧田 亮子
プッチーニ ラ・ボエーム ミミとロソルフォの二重唱「愛らしいお嬢さん」 長田 真澄/堀越 俊成 瀧田 亮子
プッチーニ ラ・ボエーム ムゼッタのアリア「私が街を歩くと」 中森 美紀 藤原 藍子
プッチーニ マノン・レスコー デ・グリューのアリア「なんと素晴らしい美人」 平尾 啓 藤原 藍子
ヴェルディ 仮面舞踏会 アメーリアのアリア「死にましょう、でもその前に」 百々 あずさ 藤原 藍子
ドニゼッティ ランメルモールのルチア ルチアとエンリーコの二重唱「こっちへおいでルチア~ぞっとするような青白さが」 木田 悠子/森口 賢二 藤原 藍子
原 嘉壽子 乙和の春 乙和のアリア「そうか、それは名残惜しいが~何の謝ることがあろう」 渡部 史子 瀧田 亮子
プッチーニ トスカ トスカとカヴァラドッシの二重唱「マリオ!マリオ!~二人の愛の家へ」 萩原 紫以佳/平尾 啓 瀧田 亮子
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々さんとピンカートンの二重唱「魅惑的な眼をした可愛い娘よ」 石井 和佳奈/堀越 俊成 瀧田 亮子
休憩
マスネ マノン マノンのアリア「私が女王のように町を行くと」 木田 悠子 藤原 藍子
マスネ ウェルテル ウェルテルのアリア「春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか」 堀越 俊成 藤原 藍子
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ ノリーナのアリア「騎士はその眼差しに」 福田 亜香音 藤原 藍子
ビゼー カルメン ミカエラとホセの二重唱「母さんの話を聞かせてくれ!」 渡部 史子/平尾 啓 瀧田 亮子
プッチーニ ボエーム ミミのアリア「あなたの愛の呼ぶ声に」 長田 真澄 瀧田 亮子
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ マッダレーナのアリア「亡くなった母を」 萩原 紫以佳 瀧田 亮子
マスカーニ 友人フリッツ スゼールとフリッツの二重唱「真っ赤に熟れて珠のよう」 大城 薫/堀越 俊成 瀧田 亮子
ヴェルディ リゴレット ジルダとリゴレットの二重唱「娘や、お父様」 福田 亜香音/森口 賢二 藤原 藍子
ヴェルディ リゴレット ジルダとリゴレットの二重唱「日曜ごとに教会で」 中森 美起/森口 賢二 藤原 藍子
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ シェニエとマッダレーナの二重唱「あなたの側では僕の悩める魂も」 百々 あずさ/平尾 啓 藤原 藍子
アンコール
ヴェルディ 椿姫 乾杯の歌 全員 藤原 藍子

感 想

声はいくつまで成長するのか?‐日本オペラ振興会団会員企画「Autumn Concert 2022」を聴く

 本年(2022年)春に行われたオーディションで選ばれし、ソプラノ9人、テノール2人の合計11人によるガラ・コンサート。このオーディションを受けた方は70数人いらしたそうですから、そこから選ばれし11人は流石に実力があります。藤原歌劇団や日本オペラ協会の本公演ではなかなかお目にかからないメンバーではありますが、オペラではお目にかかれなくてもみなさんそれぞれ力があり、それぞれの力量をしっかり堪能できるコンサートでした。

 今回聴いた中で特に素晴らしいと思ったのは、平尾啓。今回出場した歌手の中では最年長で、多分60代前半の方ですが、ずっと会社勤めをされていて、50代後半に一念発起されてオペラ歌手になったという異色の方。オペラ研修所を卒業されたのが、一昨年でこれまで既に日本オペラ協会のオペラなどに出演されていますが、それは端役。しっかり声を聴いたのは今年7月の「日本オペラ・日本歌曲連続演奏会」が最初の経験。その時の感想は、しっかり歌われてはいるけれども、男声合唱の経験者がその延長でプロになったみたいと思ったことを覚えています。下手ではないけれども訴えてくるものがそこまでないというのが本当のところ。

 でも今回は違いました。歌に訴えかけてくるものがある。今回はソロを一曲、ソプラノと二重唱を三曲歌ったのですが、どの曲もその曲の持ち味と自分の声と技術をうまく組み合わせて歌い上げていく。最初のデ・グリューのアリアは、デ・グリューの若々しさを感じさせるものではなかったのですが、丁寧な歌いまわしで自然に盛り上げていく。テノールがよくやる見得を切るような大げさな歌い方ではないのですが、声がしっかりしていて高音がふらつかないのもいい。ちゃんと計算して歌われているのですが、その計算を歌に見せないところが素敵でした。二重唱は最初が「トスカ」の第一幕の嫉妬の二重唱。相手役の萩原紫以佳は高音が籠ったりして歯切れの悪さを感じさせるものですが、平尾の歌はくっきりとして澄んでいる。二人の力量の差を感じさせるものでした。

 二重唱の二曲は渡部史子との「カルメン」第一幕のミカエラとホセの二重唱。これは二人のバランスが丁度良かった。ミカエラの華やかではないけれども可憐な歌に対して、ホセが上から覆うように歌う感じが、この曲のバランスをよく引き出していたと思います。そして最後が「アンドレア・シェニエ」の終幕の二重唱。これは日本人が「アンドレア・シェニエ」という作品を知らなかった頃、NHKのイタリア歌劇団日本公演で上演され、マリオ・デル・モナコとレナータ・テバルディが歌って日本人が度肝を抜かれたという伝説の曲ですが、これを百々あずさと歌いました。この曲は静かなところから始まり、どんどん盛り上がって最後はフォルテシモで終わりますが、その盛り上がり方が二人ともうまい。途中までは二人が手を取り合いながら盛り上がっていく感じなのですが、最後は声に勝る平尾が百々の声を隠すように響かせて終わりました。迫力満点の凄い歌でした。

 以上4曲、それぞれ性格の違う役柄をきっちり歌いわけていたのが印象的でした。今回の出演者では助演の森口賢二も含めて平尾が最年長ですが、平尾の声を聴くと声は鍛錬すれば還暦過ぎても成長するのだ、と思わせてくれました。

 対するもう一人のテノール、堀越俊成は平尾のレベルではないな、というのが正直なところ。堀越も声は綺麗だし、高音の張りもあるし力量のある方だとは思うのですが、役の描きわけが全然できていない。どの曲も上手だと思うのですがどの曲も堀越俊成が前面にでて来ていて、単調に聴こえてしまうのですね。最初のボエームの愛の二重唱は、力んでしまって残念。相手方の長田真澄も前半は声が落ち気味で高音に伸びがなく、後半は復活しましたがそれほど良い感じではなかった。そのため堀越が何とかフォローしなければいけないと頑張ったのでしょうが、歌が重たい感じになってしまいました。蝶々さんの二重唱は、石井和佳奈が可憐に切々と愛を訴えかけているのに、ピンカートンは心ここにあらずという感じで歌っていました。ピンカートンは蝶々さんのことを本当に愛しているわけではないので、あのような表現があってもおかしくないのですが、あの場面ではピンカートンがもっと蝶々さんに向き合って寄り添う方がより盛り上がるとは思いました。

 彼の3曲目であるアリア「オシアンの歌」はこの歌に込めて欲しい気持ちが歌に見えず、技巧だけが目立って自然な歌にはなりませんでした。そして技巧的な割には低音が上手くいっていなかったのも残念です。そして「りんごの歌」の二重唱ですが、これが今回の中では一番良かったと思います。前の3曲ほど力が入っていない様子で、その分音楽が前に出てきたのだろうと思います。ただ、相手役の大城薫がスゼルにしては声が重たい感じで、もっと軽快に歌われた方が良かったと思いました。

 さてソプラノ陣ですが、二重唱はテノールのところで言及したので基本は省略しますが、魅力的な人もいればさほどでもなかった方もいた、というのが本当のところです。特によかったのが石井和佳奈と木田悠子。よかったのが中森美紀、渡部史子、百々あずさ、福田亜香音、残りの3人が実力を十分には発揮できなかったというところでしょうか。

 石井和佳奈はスピント系のソプラノ。技術的にはもちろん未完成な感じはするのですが基本的にテクニシャンであり、強さと軽快さを兼ね備えた歌で技巧的なアリアを盛り上げました。木田悠子はマノンのアリアを歌ったのですが、上手です。歌いまわしがいいし、隅々まで目配りができている歌。彼女は、日本オペラ振興会のオペラ研修所を卒業するとき、普通であれば藤原歌劇団の準団員になるところ、即団員になった逸材ですが、あのアリアを聴けば「当然だな」と納得できました。尚、木田は二重唱はルチアとエンリーコの二重唱を助演の森口賢二と歌ったのですが、こちらもいい。エンリーコの厳しい表情とルチアの心の押し潰れそうな表情が対称的に絡み合い、悲劇を予感させるものになっていました。

 中森美紀は実力者。ムゼッタのワルツは高音に透明感があるともっといい感じで響くのですが、そこが残念。ただ、ジルダの二重唱は、彼女の直前に歌った福田亜香音と比較しても十分に心のこもった彫りの深い歌になっており、切々と訴える感情は森口賢二のリゴレットがマントヴァ公に恨みを持つのは当然という感じになっていました。よかったです。百々あずさのアメーリアはさすがの歌。この夏から秋にかけて百々は仮面舞踏会に出演してアメーリアを2回歌い、私もその最初の歌を聴いていますが、その時よりも更に自然な感じなっておりBrava。マッダレーナも最後は平尾の声に力負けしていましたが、そこまでは凄く充実したマッダレーナでした。

 渡部史子は本日唯一の日本オペラのアリア。そして、私自身にとってはこの作品だけが今回取り上げられた曲の中で初耳でした。良い曲だと思うし、渡部の歌唱も行き届いた素敵なものであると思ったのですが、惜しむらくは歌詞がよく分からない。一所懸命聴こうとしたのですが、よく分からずそこが残念でした。福田亜香音はノリーナのアリアを上手にまとめ上げましたが、ノリーナのあくどい感じを出せると更に良いかなというところ。ジルダの二重唱も綺麗にまとめてはいるのですが、表情の彫りが浅く、次に歌われた中森美紀と比較すると歌が薄味でした。

 残りのお三方。大城薫。軽い声の方が歌われる曲を選択されていますが、2曲とも上手くいっていなかった印象。「フランス万歳」は、音がぶら下がり気味で華やかさに欠けた歌になっていました。二重唱もスゼルの可憐さを表現するのは今一つの感じ。長田真澄。どちらもボエームからの選曲ですが、第三幕のアリアはまあまあ良かったです。二重唱は上記の通り。萩原紫以佳。力強い歌唱は良いと思うのですが、ちょっと籠り気味な声で歯切れがよくないのと、高音が綺麗に響かなかったところがちょっと残念だったかもしれません。

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鑑賞日:2022年11月5日
入場料:A席 16列30番 4000円 

主催:一般社団法人東京室内歌劇場
共催:葛飾区文化施設指定管理者

東京室内歌劇場公演

全3幕、日本語上演
黄昏のメリー♡ウィドウ
レハール作曲「メリー・ウィドウ」より
(Die lustige Witwe)
原作:アンリ・メイヤック『大使館付随員』(L'Attache d'ambassade)
台本:ヴィクトル・レオン、レオ・シュタイン
歌詞訳詞:野上 彰
上演台本:杉野 正隆

会場 かめありリリオホール

スタッフ

指 揮 小林 滉三
ピアノ 久保 晃子
ヴァイオリン 荒井 友美
演 出 田野 邦彦
照 明 中村 浩実
振 付 小林 真梨恵
舞台監督 帆苅 竹洋

出 演

お花(ハンナ・グラヴァリ) 柳澤 利佳
津江田(ミルコ・ツェータ男爵) 小畑 秀樹
ばらえ(ヴァランシェンヌ) 赤星 啓子
ダニ郎(ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵) 和田 ひでき
神尾(カミーユ・ド・ロジョン) 島田 道生
春日(カスカーダ子爵) 木村 雄太
三条(ラウール・ド・サンブリオシュ) 坪井 一真
朴念(ボクダノヴィッチ) 富澤 祥行
お銀(シルヴィアーヌ)/ロロ 浅川 荘子
忠(ブリチッチュ) 笠倉 直也
富士子(ブラシコヴァ)/ドド 星野 恵里
黒毛(クロモウ) 追分 基
かおる(オルガ)/ジュジュ 島田 道生
フル子/フルフル 加地 笑子
クロ子/クロクロ 加藤 麻子
マル子/マルゴ 横内 尚子
にえ婆(ニエーグシュ) 大津 佐知子
にえ爺 吉田 伸昭

感 想

やがて哀しきオペレッタ‐東京室内歌劇場 喜歌劇「黄昏のメリー♡ウィドゥ」を聴く

 東京室内歌劇場で4年前に上演された舞台の再演とのこと。4年前の公演は実は全然認識しておらず、もちろん聴いてもいませんので、自分にとっては初めての舞台。申しあげるまでもなく、メリー・ウィドウの舞台は架空の国家ポンデヴェドロのパリ公使館。そこで繰り広げられる恋の駆け引きの物語ですが、今回の舞台は日本の老人ホーム、ポン太万寿園。公使ツェータ男爵が、園長の津江田、二等書記官のダニロが、園の庶務課長・ダニ郎、といった具合。ハンナは大金持ちの入居者ですし、カミーユは、紙おむつ会社の営業マンといった具合。ダニロが通うマキシムは、亀有の路地裏の安キャバレーだし、マキシムの踊り子たちはポン太万寿園の介護士に変ります。

 この読替えが実にオリジナルの関係性にぴたりと嵌るのです。入居者はお花こそ大金持ちの未亡人ですが、それ以外は引退したオペラ歌手という設定。ヴェルディが創設した「音楽家たちの憩いの家」が頭にあったのでしょうね。そして、カスカーダとサンブリオッシュは、春日、三条というライバル会社同士の営業マンで、ボクダノヴィッチ、ブリチッチュ、クロモウは入居者として車椅子で登場し、車椅子のまま演技し、歌唱する。更に申しあげれば、男声入居者はうらぶれている感が強いのですが、その奥方たちはぐっと若々しい。若い男と浮気するのもさもありなんという印象。

 こういう舞台を用意したのは、実際に出演者の年齢が上がっているというのもあるのでしょう。今回ダニロを演じた和田ひできを聴くのは久しぶりですが、和田の演じるダニロは基本カッコイイ役ではなく、定年まじかの庶務課長。うらぶれた親父です。それが和田の今の雰囲気によく似合っているのです。また三人の車椅子に乗ったおじいさんたちはもちろん実年齢では車椅子に乗るような年齢ではないのですが、とても上手に役作りされていて、半分認知症が入っているおじいさんにしか見えません。特に富澤祥行の演技が素晴らしい。ただ車椅子に座っているだけなのですが、手が常時中風のように震え、どこか半分天国に行っている感じが抜群にいい。

 ほぼ台詞役(本来は完全なる台詞役)ですが、素晴らしい存在感を見せたのがにえ婆の大津佐知子。大津はかつてオペレッタを歌うアマチュア歌劇団である「ガレリア座」の看板ソプラノで、そちらでもオペレッタを何度か聴かせて貰っていますが、オペレッタの動きが身についているのでしょう。今回の歌手陣の中では一番良い雰囲気を出していたと思います。

 杉野正隆が作成した台本は時事ネタや下ネタもあり、おそらく上手に演じれば大爆笑ものになったと思いますが、演じる側が生硬になったり上滑りしている部分もあり、思わず笑ってしまう部分もそれなりにありましたが、全体としては更にブラッシュアップしてポンポンとテンポよくやり取りできるとよかったのかな、という感じでした。

 音楽的には、そこそこというところでしょう。会場のかめありリリオホールは、反響の良いホールではなく、更に舞台の壁に布のカーテンがかけられておりどうもそれらが吸音材になっている様子です。そんなわけで、オープニングからハンナの登場の歌ぐらいまでは基本的に音量が足りなくかつ野暮ったい感じで1980年代の二期会がこんな感じだったよな、と思い出しました。唯その中でも輝いていたのは、春日と三条。今回の役の中では若い役であり、歌っていた木村雄太、坪井一真もまだせいぜい30代でしょう。声の響きが若々しくて良い感じに響いていました。

 一方で、年配のベテランはちょっと時代かかった感じで、そこが老人ホーム設定を踏まえた場合良い雰囲気を出していたと思います。ダニ郎の和田ひできは演技もうらぶれていましたが、歌唱もうらぶれた感じ。美声でしっかり歌っていて非常に存在感があるのですが、強弱などをあまりはっきりさせることなく、小気味いい切れ味は封印しているのかな、という風に聴きました。ツェータの小畑秀樹はもっとおろおろ動き回り、困った感を出した方がオペレッタ的笑いには繋がると思いますが、そのような過剰な演技はしていなかったというところ。

 お花の柳澤利佳は普通のハンナの印象。結構ゴージャスで、確かにお金持ちの未亡人という雰囲気。一番の聴かせどころである「ヴィリアの歌」は良い感じでまとめたと思います。ただ、このゴージャス路線で行くのであれば更に声もゴージャスであってほしい。ヴィリアの歌も悪くはなかったけども聴き手をノックアウトするほどの圧倒的な魅力はなかったと思います。逆に昔を思い出すようなノスタルジックな歌にして、ダニロとの老いての再会の雰囲気を強くすれば更にこの演出の路線にマッチしたのではないかと思いました。

 ばらえの赤星啓子。2005年の東京二期会の公演でもヴァランシェンヌを歌っているベテラン。その時も見ており、歌唱演技とも軽快でとてもよかったです。今回は過去の経験を引っ張り出して頑張った、という印象。2005年の時はかなり軽い声で軽々と歌っていたような記憶があるのですが、今回は過去都同様の軽さを感じさせるところももちろんあったのですが、どこか重くなっている様子で、そこに年齢の変遷を感じました。もちろん「黄昏」という印象にはあっているのですが、ヴァランシェンヌは若き妻なので、そこに年を感じさせないでほしいとは思いました。

 そういううらぶれ感は、神尾にも感じました。紙おむつのセールスマンということで元々のパリの伊達男という印象を持たせないという意図はあったと思うのですが、それにしてもキャピキャピを演じるばらえに対して積極的に言い寄っている感を感じさせない不思議な演技でした。

 尚、今回の上演は第二幕をカラオケ大会にして、出演者全員にアリアか重唱を歌わせたのですが、今回はそこで、歌劇「カルメン」からお銀、富士子、かおるによる「ジプシーソング」、忠と黒毛による「闘牛士の歌」、朴念による「花の歌」がそれぞれ日本語歌詞で歌われました。みんな上手だけど現役ではないみたいに歌ってみせて、そこにかつてオペラ歌手だったという設定を感じました。またこの重唱は、にえ爺(すでに死んでおり、天使の恰好で登場)、にえ婆の重唱(クルト・ヴァイル作曲「三文オペラ」から「ヒモの歌」、プーランクの「愛の小径」)の2曲、介護士三人娘の三重唱(「ソンドハイムの「カンパニー」から「貴方には人を虜にする魅力がある」)もありました。にえ爺、にえ婆の重唱はスタイリッシュで都会の夜を感じさせるもので、今回のソロ、重唱の中では一番魅力的だったと思います。同様に介護士三人娘の歌もよかったです。

 以上、黄昏の歌手たちを意識した懐メロチックなオペレッタでした。演出の意図からすれば更に黄昏た感じを強くした方が舞台としての面白さは増したかなとは思いますが、そうなると全体が暗くなり更によくないという判断だったかもしれません。今回、大道具はなかったのですが、そういうところまでしっかり作り込んで、オーケストラで伴奏をつければ、もっと面白くなったかもしれません。二期会とかでこの演出を取り上げてくれませんかね。

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鑑賞日:2022年11月12日
入場料:2階 H列 43番 5700円 

主催:公益財団法人ニッセイ文化振興財団(日生劇場)

NISSAY OPERA2022/ニッセイ名作シリーズ2022

全2部3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「ランメルモールのルチア」(Lucia di Lammermoor)
原作:ウォルター・スコット「ラマムアの花嫁」
台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ

会場 日生劇場

スタッフ

指 揮 柴田 真郁
オーケストラ 読売日本交響楽団
グラスハーモニカ(ヴェロフォン) サシャ・レッケルト
合 唱 C.ヴィレッジシンガーズ
合唱指揮 諸遊 耕史
演 出 田尾下 晢
美 術 松生 紘子
衣 裳 萩野 緑
照 明 稲葉 直人
演出助手  平戸 麻衣 
舞台監督 山田 ゆか

出 演

ルチア 高橋 維
エドガルド 城 宏憲
エンリーコ 加耒 徹
ライモンド ジョン・ハオ
アルトゥーロ 高畠 伸吾
アリーサ 与田 朝子
ノルマンノ 吉田 連
泉の亡霊 田代 真奈美

感 想

演出がすべきこと、歌手がそれを上回ること‐NISSAY OPERA 2022「ランメルモールのルチア」を聴く

 2020年のニッセイオペラは当初この柴田真郁指揮、田尾下晢演出の「ランメルモールのルチア」を上演する予定でしたが、当時の新型コロナ蔓延の状況下、普通の形での上演は不可能となり(今になってみれば、上演は可能だったと思いますが、当時は上演できないという判断)から、ルチアが歌う場所以外は全てをカットした短縮版「ルチアある花嫁の悲劇」が演奏されました。私は今回と同じ髙橋維がルチアを演じた回を鑑賞したのですが、聴きどころである冒頭のエンリーコのアリアも、最後のエドガルドのアリアもカットされており、大いにフラストレーションの貯まる上演だったことを覚えています。一方で、本来の形であれば、アリアの間であるとか途中に休憩する時間があるルチアは出ずっぱりになってしまったので、ルチアを歌った髙橋維にとってみれば極めて大変な舞台だったのだろうと想像します。しかし、その悪条件の中で髙橋は見事な集中力で素晴らしい歌唱を披露し、大変感心いたしました。

 その高橋が歌う今回のルチア、一言で申し上げれば極めて素晴らしいものでした。今回は当然ながらカットなし(繰り返しのカット等はあったかもしれませんが、それは除く)の楽譜通りの上演でしたから、ルチアも途中で十分喉が休めたはずですし、よくて当然という気もしますが、響きをしっかり集中させてコントロールしていく技術が素晴らしいと思いました。歌いまわしも丁寧できっちりしていて、ルチアのお手本みたいな歌でした。ただ、私が髙橋の歌に関して気になったのは、第一幕の登場のアリア「あたりは沈黙に閉ざされ」と第三幕「狂乱の場」のテンションが同じように聴こえたことです。

 今回の演出のコンセプトは、2020年の時と同じで、死んでしまったルチアの亡霊が過去を回顧している、ということだろうと思います。死んだルチアの亡霊にとっては過去はフラットであり、「あたりは沈黙に閉ざされ」の情熱と不安も、「狂乱の場」における狂乱の様子も一歩離れたところから見ている。だからどちらも同じようなテンションで歌うというのが演出家のプランだったかもしれません。もしそうであれば歌手がそう歌ったことに苦情を申しあげることではないのでしょうが、私個人の思いとしては、正気の時と狂気の時の差はもっと明確に分けて欲しかったと思います。狂気の時の髙橋の眼を見ると、しっかり睨みが効いていて真面目に歌っている感が強すぎて、ある意味興ざめでした。演出家の意図を汲んで歌うのが歌手の役目ではありますが、演出家の指示に沿ってもそれを上回ることがあってもよいのではないか、と思いました。具体的には「狂乱の場」ではもっと狂っている感じを表情や演技に出して、その上であの響きを集めて丁寧に歌うやり方を維持していただければ、更によかったのにな、と思います。

 一方、エドガルド役の城宏憲は、ルチアに見えたエドガルドであったにもかかわらず、その歌はルチアの気持ちのバイアスを考えて歌うものではなく、城宏憲らしい情熱の籠ったもので素晴らしいと思います。ルチアと歌う登場の二重唱は、気合が空回りしていたのか、ちょっと荒っぽい表現になっていて、髙橋ルチアのような丁寧さが欲しいなと思いましたが、後は素晴らしい。特に第二部第二幕のエンリーコとの決闘の二重唱が音楽的なバランスもよく、気持ちの表現も素晴らしかったです。そして、幕切れのアリア。ルチアを失ってしまった悲しみの表情が切々としていて、聴き手の胸をうつもの。全体を通してみると陰影がくっきりした存在感のある歌唱だったと思います。結果として今回の歌手の中では一番良かったかもしれません。

 エンリーコの加耒徹。はっきり申し上げればキャスティングミスでしょう。歌いまわしは丁寧でよかったのですが(だから、上記の決闘の二重唱などはとても美しい)、持ち声がエンリーコを歌うには軽すぎるのです。下に響かないし、下に楔が効かない声です。彼に関してはこれまでも、「この方の声、テノールじゃないの」と思っていたのですが、今回もバリトンに期待される重しが効かない。だからエンリーコの領主としての苦悩も、あるいは妹を政略結婚させようとする腹黒さも見えてこないのです。冒頭のアリアは響きが軽すぎて迫力に欠けていましたし、第二部第一場のルチアの二重唱にしても、緊張感が期待されるほどは上がらない。決闘の二重唱も美し過ぎて決闘の緊張感という観点からすれば、もっと劇的であって欲しいと思いました。

 脇役陣はアルトゥーロを歌った高畠伸吾が軽いテノールで歌いまわしも軽く、城宏憲のリリコスピントと対照的でいい感じ。ノルマンノは、自分の仕事を忠実に果たしているだけなのに、ルチアが死んでしまうと「お前が余計なことを言うからだ」とライモンドに叱責される可哀想な役ですが、吉田連がきっちりと表現してこちらも良好。ジョン・ハオのライモンドも自分の役割をしっかり果たしていたと思いますが、この方もバス歌手のブリランテがあまり感じられない方です。脇役ゆえに敢えて封印していたのかもしれませんが、短いアリアもありますし、もう少し声の響きで存在感を示してもよいのではないかと思いました。

 柴田真郁の音楽作りは割と前のめりのテンポのいいもの。ちょっと雑かなと思う部分はありましたが、全体としてはいい感じでした。

 田尾下哲の演出。色々なことを舞台上でやらせて視覚的には煩い感じ。舞台は前方、後方の二段になっていて、後方は常にルチアの寝室です。また前方はその時の本来の舞台である、お城の大広間だったり、エンリーコの居室だったり、ラヴェンズウッド家の墓地であったり変わります。そして基本的に前の舞台ではその時の音楽に沿った歌唱・演技がされるのに対して、後方ではその背景となる事象が演じられます。

 この二段構えが一番功を奏したのは、第二部第二幕の決闘のシーン。舞台の前方で、エドガルドとエンリーコとが決闘しているところで、後ろのルチアの寝室では、ルチアがアルトゥーロを刺し殺す演技をしています。ここの部分は決闘の二重唱でお互いの対立がさらに明確になるのに対し、ルチアはもっと先に行っていて、狂乱の場に至る背景を視覚的に示されてよかったのですが、他の場面は後ろで何をやっているのかが全然わかりません。演出家は後ろの舞台の演技で布石を打っているつもりなのでしょうが、ルチアのことを演出家ほど勉強していない唯の観客にとっては何のことだか全然分からない。唯煩いだけです。

 「ランメルモールのルチア」はベルカントオペラの最高峰に位置する作品です。だから声の饗宴を聴きたい。演出がこれでもか、とやって見せることがいい作品だとは思えません。もっとシンプルな演出にして歌手の声に集中できる舞台であればもっと楽しめたような気がしました。

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鑑賞日:2022年11月15日
入場料:C席 4階1列 21番 7920円 

主催:文化庁/新国立劇場

令和4年度(第77回)文化庁芸術祭協賛公演

新国立劇場開場25周年記念公演/ポーランド国立歌劇場共同制作

プロローグ及びフィナーレ付全4幕、日本語字幕付原語(ロシア語)上演
ムソルグスキー作曲「ボリス・ゴドゥノフ」(Борис Годунов)
原作:プーシキン「ボリス・コドノゥフ」
台本:モデスト・ムソルグスキー

会場 新国立劇場オペラハウス

スタッフ

指 揮 大野 和士
オーケストラ 東京都交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
児童合唱 TOKYO FM少年合唱団
合唱指揮 冨平 恭平
児童合唱指導 林 ゆか/伊藤 邦恵
演 出 マリウシュ・トレリンスキ
美 術 ボリス・クドルチカ
衣 裳 ヴォイチェフ・ジエジッツ
照 明 マルク・ハインツ
映 像  バルテック・マシス 
ドラマトゥルク マルチン・チェコ
振 付 マチコ・プルサク
ヘアメイクデザイン  ヴァルデマル・ポクロムスキ 
舞台監督 髙橋 尚史

出 演

ボリス・ゴドゥノフ ギド・イェンティンス
フョードル 小泉 詠子
クセニア 九嶋 香奈枝
乳母 金子 美香
ヴァシリー・シュイスキー公 アーノルド・ベズイエン
アンドレイ・シチェルカーロフ 秋谷 直之
ピーメン ゴデルジ・ジャネリーゼ
グリゴリー・オトレピエフ(偽ドミトリー) 工藤 和真
ヴァルラーム 河野 鉄平
ミサイール 青地 英幸
女主人 清水 華澄
聖愚者の声 清水 徹太郎
ニキーティチ/役人 駒田 敏章
ミチューハ 大塚 博章
侍従 濱松 孝行
フョードル/聖愚者(黙役) ユスティナ・ヴァシレフスカ

感 想

テレビゲームの世界‐新国立劇場「ボリス・ゴドゥノフ」を聴く

 「大胆な読み替え演出」という文言は、最近のヨーロッパ系演出では当たり前のように使用されますが、ここまで大胆な読替えは、私にとっては初めての経験だろうと思います。何といっても当然のごとく上演されるシーンがないのですから。即ち一番華やかなポロネーズの場面もないし、あろうことか、唯一と言って良い主要ソプラノ役マリーナが完全に登場しない。要するにポーランドの場面は全面カット。確かに原典版(1869年)には含まれず改訂版(1872年)で書かれた場面なので、無くてもいいと言えばそうなのでしょうが、一番華やかな改訂版の第三幕がないのは、私には賛成しかねるカットです。

  「ボリス・ゴドゥノフ」という作品は、ムソルグスキー自身も何度も改訂しており(有名なのは、原典版(1869年)と改訂版(1972年)ですが、今回のプログラムによる一柳富美子氏の解説によれば、1974年の第8稿まであるとのこと)、更にその後もリムスキー・コルサコフによる改訂やボリショイ劇場版など多数の改訂版があり、ムソルグスキー自身、上演のたびに削除や変更を行っていたようで、一柳氏によれば「変更前提」の作品だそうですが、それにしても、とは思いました。

 また演出もぶっ飛びすぎです。今回の演出は時代も場所も不明です。舞台には、場面場面で電飾で枠が光る四角い箱が出てきて、この箱が様々に変化します。自在に動き、映像が映し出されたり、あるいは「部屋」になったりもします。他にもいくつかのスクリーンが取り付けられており、それぞれ今メインで行われている行為を映し出します。とてもメカニカルで金属的な印象の強い舞台です。「ボリス・ゴドゥノフ」は史劇なのですが、今回演出家は、ボリスの心理劇としてこの舞台を構築したそうです。確かに、ボリスは権力を奪い取って頂点に達した人なわけですが、舞台上のボリスは常に不安げです。プロローグでボリスはよろよろと登場し、障害のある息子フョードル(ユスティナ・ヴァシレフスカの障がい者の演技が極めて素晴らしい)の側にいるときだけ、一瞬の安らぎが得られます。権力者の孤独とそれに耐えきれないずに崩壊していく様が冷徹に描かれており、その意味で演出家の主張は一貫しているのでしょう。

 ただ、今日的過ぎて、私にはテレビゲームのファンタジーのようにしか見えず、違和感が大きかったです。

 再度書きますが、「ボリス・ゴドゥノフ」は史劇です。もちろん創作の部分は多々あるのでしょうが、基本的にロシアの1598年から1605年のボリスが国王だった時代を描いており、史実に即しています。そういう作品で、現代風の読替えをするのが妥当なのかな、と思うのです。日本の時代劇で、和服も着ず、ちょんまげも結わずに、「敵は本能寺にあり」と言って攻め入ったら、違和感がありすぎるでしょう。それと同じで、当時のロシア風の衣裳を着なければいけないとまでは思いませんが、あの演出を見て、これが史劇であると理解できる人はほとんどいないと思います。

 しかしながら音楽的にはまあまあのレベルの舞台だったと思います。この舞台、最初に制作発表があった時、主要4役即ちボリス役にはエフゲニー・ニキティン、シュイスキー公にはマクシム・パステル、ピーメン役にはアレクセイ・ティホミーロフ、聖愚者の声にはパーヴェル・コルガーティンとロシアからの招聘が予定されていましたが、ロシアのウクライナ侵攻の状況からロシア人歌手の招聘が不可能になり、代役としてボリス役 ギド・イェンティンス、シュイスキー役 アーノルド・ベズイエン、ピーメン役 ゴデルジ・ジャネリーゼ、聖愚者の声役 清水徹太郎が招聘されました。というわけで、ロシア人がいなかったにもかかわらず、いい感じにまとまっていました。

 ギド・イェンテンスは本来のボリスに期待されるロシアンバスとは声が違うと思いますが、今回の心理劇的表現を踏まえたときには歌唱、演技ともに説得力がありました。というか、声的には上手く飛んでいないところがあったのですが、モノローグにおける表情が良いように思いました。もっと低音が響いてほしいのは確かなのですが。

 声そのものの魅力は、ピーメン役のジャリネーゼ。大野和士によればyoutubeでたまたま見かけてオファーしたとのこと。グルジア人だそうですが、ロシアに近いだけあってロシアンバスという感じの声です。30そこそこのまだ若いバスだそうですが、長老を歌っても凄く嵌っている感じで、今回の一番の立役者だったと思います。シュイスキーは腹黒の側近ですが、この役を甘いテノールが歌うと腹黒さが増す感じ。歌唱の感じはとてもよいとは言えなかったと思いますが、声はリリックで役どころなのでしょう。

 日本人歌手は、みんな頑張っていたとは思いますが、圧倒する声はなかったと思います。そもそも日本人低音歌手で、ロシアンバスのレベルで声を響かせられる人ってほとんどいないと思いますので、そこは仕方がないのですが。その中で河野鉄平のヴァルサーム気を吐いていたと思います。また、清水華澄の女主人は声が浮いてしまっている感じで、庶民のおかみさんのどっしり感が見えなかったのがちょっと残念です。あまり目立たなかったけど、九嶋香奈枝のクセニアが癖のない歌唱でよかったと思います。

 工藤和真の偽ドミトリーは第一幕でピーメンと絡むところはとてもよかったと思うのですが、最後に皇帝になる場面はちょっと失速した感じだったと思います。清水徹太郎の聖愚者の声はユスティナ・ヴァシレフスカヤの素晴らしい演技も相俟って、いい感じに響きました。

 大野和士、東京都交響楽団の演奏は流石に上手いと思いました。新国立劇場合唱団は冒頭の合唱が今一つ上手くいっていなかったようですが、後はきっちりまとめて流石新国立劇場合唱団というところでしょう。

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鑑賞日:2022年11月19日
入場料:指定席 I列6番 2000円 

主催:横浜市泉区民文化センターテアトルフォンテ

オペラレクチャー&コンサート

会場 横浜市泉区民文化センターテアトルフォンテ

講師

指揮者として 高橋 勇太
プロデューサー・歌手として 沢崎 恵美
演出家として 原 純

コンサート出演

ソプラノ 楠野 麻衣
ソプラノ 沢崎 恵美
テノール 澤﨑 一了
バリトン 牧野 正人
合唱 ベッラヴォーチェ
ピアノ 瀧田 亮子

コンサートプログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手
モーツァルト ドン・ジョヴァンニ ドン・ジョヴァンニとゼルリーナの誘惑の二重唱「手に手を取って」 沢崎 恵美/牧野 正人
モーツァルト 魔笛 夜の女王のアリア「復讐は地獄のようにこの胸に燃え」 楠野 麻衣
プッチーニ トゥーランドット カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」 澤﨑 一了
ヴェルディ 椿姫 ジェルモンのアリア「プロヴァンスの海と陸」 牧野 正人
ビゼー カルメン カルメンのハバネラ「恋は野の鳥」(日本語歌唱・ベッラヴォーチェによる合唱付) 沢崎 恵美
ビゼー カルメン ホセのアリア「お前の投げたこの花は」(日本語歌唱) 澤﨑 一了
ビゼー カルメン ミカエラのアリア「何を恐れるっことがありましょう」(日本語歌唱) 楠野 麻衣
ビゼー カルメン エスカミーリョのアリア「友よ、喜んでその乾杯を受けよう」(日本語歌唱・ベッラヴォーチェによる合唱付) 沢崎 恵美
ビゼー 椿姫 乾杯の歌 全員

感 想

レクチャーするならちゃんと準備を!‐オペラレクチャー&コンサートを聴く

 前半は、指揮者、制作、演出家が出てきて初心者向けのオペラ講義、後半が歌手による演奏という演奏会。

 まず後半の話をすると、流石日本を代表するような歌手による演奏で立派なものです。皆さん素晴らしいのですが、そもそも実力のある方ですから、彼らにしてみればごくごく普通の歌だったと思います。例えば牧野正人はお得意のジェルモンのアリアを歌い、それはそれで素晴らしいのですが、彼が「椿姫」のオペラの中で歌った切々とした情感みたいなものはなかなか出てこない。本来はヴィオレッタとの長大な二重唱があって、ヴィオレッタに対する冷酷な面を見せながらも申し訳ない気持ちを持った中でのプロヴァンスとなり、オペラの流れの中であれば、歌手のの気持ちも燃え上がり、もっといい感じになるのだろうとは思うのですがそこまでは行っていない感じです。

 澤﨑一了の「誰も寝てはならぬ」も素晴らしいのですが、澤﨑の実力からすれば取り立てていう程のものではない、というところです。楠野麻衣の夜の女王のアリアも最高音は軽々と届いている感じで素晴らしいのですが、中低音で歌われる「ザラストロを滅ぼすのだ」という表現は、そこまで強さが出ていた感じではなかったと思いました。

 後半の後半は、来年の3月に予定される舞台音楽研究会「カルメン」日本語公演に合わせた、カルメンの主要アリアの日本語歌唱。こちらは皆さんよく分かる日本語で歌われていて、そこが素晴らしい。沢崎恵美は日本オペラ協会の主役を何度も務められていることがあって、オペラの日本語歌唱にこだわりがあるのでしょう。そのこだわりの聞きやすい歌詞と発音にされているのでしょう。皆さんいい感じでした。

 以上コンサートのところはよかったのですが、前半のレクチャーは全然焦点が絞れていない。45分しかない時間で、何を言うのか何を言わないのかをきっちり決めないで、流れでやってしまっているように聴こえました。最初の二人は結局焦点が絞り込めておらず何を言いたかったのか理解不能でした。例外は演出家の原純。彼は自分でレジュメを用意して時間配分も気にしながら理路整然と説明してくれました。演出家がどういう仕事をしているのか。演出のプランニングをどう考えるかなど、短い時間で適切に説明してくれてとても為になりました。しかし、レクチャーをするというのは本来そういうものです。

 私も若い頃は学会発表もよくやっていましたし、最近は若い社員相手の教育として講義や講演をやることは珍しくないのですが、準備をしないで臨むことは全くないです。今でも30分の講義に対して資料作成に3日をかけることもごく普通ですし、終わった後は必ずアンケートをお願いして、分かりやすさの確認もしています。そうしないとなかなか聴き手に理解してもらえないですし、独りよがりになってしまう。今回のレクチャー、音楽家として楽譜を読み込みそれを表現に落とし込むことはいつもやられているのでしょうが、それと同様に知識や経験を言葉に落とし込んで、主題を明確にしたお話をしていただきたいと思いました。

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鑑賞日:2022年11月23日
入場料:B席 2階G列 35番 8000円 

主催:公益財団法人東京二期会
共催:ニッセイ文化振興財団(日生劇場)

二期会創立70周年記念公演

東京二期会オペラ劇場/NISSAY OPERA2022提携

全2幕、歌唱部分日本語字幕付 日本語訳詞上演
オッフェンバック作曲「天国と地獄」(Orphée aux Enfers)
台本:エクトル・クレミュー/リュドヴィク・アレヴィ
上演台本:鵜山 仁

会場 日生劇場

スタッフ

指 揮 原田 慶太楼
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱指揮 根本 卓也
合 唱 二期会合唱団
演 出 鵜山 仁
装 置 乗峯 雅寛
衣 裳 原 まさみ
照 明 古宮 俊昭
振 付   新海 絵理子 
ヘアメイク   鎌田 直樹 
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

プルート 渡邉 公威
ジュピター 又吉 秀樹
オルフェ 市川 浩平
ジョン・スティックス 高梨 英次郎
マーキュリー 中島 康晴
バッカス 鹿野 由之
マルス 菅谷 公博
ユリディス 湯浅 桃子
ダイアナ 上田 純子
世論 竹本 節子
ヴィーナス 鷲尾 麻衣
キューピット 𠮷田 桃子
ジュノー 増田 のり子
ミネルヴァ 北原 瑠美
ダンサー 神野紗瑛子/日野七乃葉/矢野叶梨/加藤木風舞/島田隆誠/脇卓史

感 想

オペレッタはこれぐらいはっちゃけてOK-東京二期会オペラ劇場「天国と地獄」を聴く

 パワーあふれる舞台で、とても面白かったです。

 2019年の日生劇場における東京二期会公演の再演で、舞台装置も衣裳も基本はそのまま。上演台本も基本は同じだと思いますが、かなり修正が入ってよりパワーアップした印象。2019年の時も十分面白かったのですが、今回はそれにもまして面白かったと申しましょう。せりふ回しなどは、2019年の時は今一つという方もいたと思うのですが、今回はそういう方もいらっしゃらなかったと思います。声楽的にはどうなのだろうと思う部分も多々あったのですが、逆にその分パワーがあって面白く拝見しました。とにかくこれだけ「アホ」な舞台をあれだけ高いテンションとパワーでやり切ったこと、関係者全員にBravissimiと申し上げます。

 まず指揮の原田慶太楼のノリがいい。前回の大植英次のノリも良かったのですが、どこか関西風。今回の原田のノリはより舞台に踏み込んで、関西風な臭いよりもインターナショナルな感じがしました。例えば前回大植が舞台上とコラボするところはなかったと思うのですが、今回は「ジュピター」を暗示する場面でモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」のさわりを演奏して見せるなどは原田のアイディアなのでしょうか。その演奏も凄く上手というわけではなく、微妙に前のめりで、結果としてモーツァルトの高尚な雰囲気がオッフェンバックの下町的下世話にきっちり嵌っていたのが見事でした。

 舞台における一番の立役者は何といってもジュピター役の又吉秀樹。テノール歌手として活動していましたが、今回はバリトンとして初お目見え。しかし、その抜群の声量とやりすぎと言って良いほどのノリの良さと演技は他のメンバーを引っ張っていった感じがします。又吉は2019年の時はオルフェで登場して見事な存在感を示したわけですが、今回はジュピターという役柄も相俟って更にいい、というか圧倒的な存在感でした。歌舞伎のように見得を切って見せて、会場から「又吉さん」と声がかかる(もちろん仕込みでしょう)は、又吉がいてこそ登場したアイディアだったかもしれません。

 プルートの渡邉公威も良かったと思うのですが、2019年の上原正敏ほどではないというのが正直なところ。プルートは地獄の王と言いながら、実際は軽薄な太鼓持ちとでも言うべき役柄ですが、軽薄さの表出が上原の方が上というか、経験の差なのでしょう。歌も悪くはないのですが、演技に気を取られたのか、凄く良いという感じではありませんでした。

 市川浩平のオルフェは軽薄な音楽教師の感じをしっかり出していましたが、前回の又吉秀樹ほどの存在感はなかったかな、というところ。そう思うと、又吉秀樹がこの舞台に一番嵌っているのですね。彼がオルフェからジュピターに廻ったことによって、ジュピターの存在感が増し、ジュピターを中心とした舞台になって、その求心力が結果としていい方向に結びついたのでしょう。

 女声陣も前回よりも一段パワーアップ。世論の竹本節子の存在感が良かったですし、増田のり子があんな演技をするのだというのもちょっと驚きでした。その中でもやはり一番魅力的だったのは、湯浅桃子のユリディス。湯浅は2019年公演では「愛もも胡」の名前で出た方と同じ方らしい。再演だけあって、2019年の演技・演奏を踏まえて更にパワーアップした様子。前回も第二幕の後悔のクプレからハエの二重唱にかけてが魅力的だったのですが、今回は前回はちょっと弱かった一幕もぶりっこ感をめちゃめちゃ出してこれまたすこぶる面白い。

 同じように19年にも出演したキューピットの𠮷田桃子も二度目ということもあって存在感を示していました。初登場の方では鷲尾麻衣のヴィーナスが結構ノリノリで、上田純子のダイアナは、このメンバーの中では固かったかなという印象ですが歌はよかったです。

   全体として言えることは、音楽的なことを含めてパロディを意識した舞台にしたということです。「天国と地獄」という作品自体が、オペラ史上何度も取り上げられてきた「オルフェオとエウリディーチェ」の話のパロディですが、そのパロディであることに色々な側面で意識した舞台ということなのだろうと思います。それは、例えば、舞台のチープさからもうかがえます。第一幕の麦畑を運ぶところなど、いかにも安っぽさを強調しているとしか申しあげられません。そういう軽薄さは、歌からもはっきり見えます。例えば、ユリディスはコロラトゥーラのテクニックを披露したりするわけですが、これはソプラノ歌手のパロディです。本来ソプラノがコロラトゥーラの技術を見せるときは、身体の軸をしっかり固めて、その上でテクニックを披露するのですが、今回はソプラノ歌手が打ち上げで居酒屋で呑んでいて、興が乗ったのでノリで歌うみたいなキッチュなにおいがあるのです。これは湯浅桃子だけではなくソプラノの歌手全般に言えることだと思いますし、渡邉公威もそういう感じでしたし、又吉秀樹もそうだった。

 要するにそれが本来の演出の意図なのでしょうが、2019年はそこまでかみ合っていなくて、今回はよくかみ合ったということなのではないかと思いました。その意味において原田慶太楼もそういった意識をもって音楽づくりをしていたと思います。上述のモーツァルト「ジュピター」にしても本来はもっとどっしりとした壮大さを感じさせる音楽なのですが、軽薄に聴こえるところがパロディ的な演奏のなせるわざなのでしょう。

 それにしても3年置いてより完成した舞台になったな、「アホ」のレベルが一段上がったな、というところで良かったです。思いっきり笑わせていただきました。

東京二期会「天国と地獄

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