掲示板の過去の書きこみ(6)

まだ読めるのもありますけれども・・・・。

 

リンクのお願い
今高野球部応援ページ管理人(646) 投稿日 : 2003年2月25日<火>19時57分/大阪府/男性/20代前半
 
はじめまして。
いつも拝見させて頂いておりましたが、初めて投稿させて頂きます。

私は、旧制今宮中学時代に庄野潤三先生が部長をされていた野球部のOBで、「大阪府立今宮高等学校硬式野球部応援ページ」の管理人です。
私自身は高校時代から庄野先生の作品を読んでおりますが、母校の関係者にもっと庄野先生の作品について知って頂こうと思い、是非ともリンクを貼らせて頂きたく、何卒宜しくお願い申し上げます。
http://nikkan.gaiax.com/home/imamiya

どくたーT@管理人(665) 題名:「郊外の文学誌」買いました。 投稿日 : 2003年3月5日<水>22時05分/東京都/男性/おじさん
 
川本三郎さんの「郊外の文学誌」、家の近くの書店で見つけ、購入いたしました。その本屋、結構本の置き方に癖があって、新刊だからと何でもあるわけではないのですが(例えば、庄野先生の本は文庫以外で置いてあるのを見たことがないです)、結構売れそうもない本が置いてあったりします。
川本さんのこの本は、失礼ながら、そう沢山読まれそうな本では無いのですが、1冊ぽつねんと置いて有りました。「新潮」に1年に渡って連載された長編評論で、庄野文学論はその掉尾を飾るものでした。これからじっくりと読みたいと思います。

ヘムヘム様
帝塚山学院から今宮高校とは、庄野文学に傾倒するのは、当然と申し上げましょう。

今高野球部応援ページ管理人様
生田での新生活、楽しんでください。ひょっとすると、庄野先生の散歩に出会えるかも知れませんよ!

今高野球部応援ページ管理人(658) 題名:リンクありがとうございました。 投稿日 : 2003年3月3日<月>18時31分/大阪府/男性/20代前半
 
>どくたーT様
お返事が遅くなりましたが、リンクありがとうございました。
本日、リンクを貼らせて頂きましたので、今後とも宜しくお願い申し上げます。

>ヘムヘム様
母校の後輩にあたる私も、4月から生田で仕事をすることになり、庄野先生との縁を感じます。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

ヘムヘム(657) 題名:久しぶりです 投稿日 : 2003年3月3日<月>12時40分/大阪府/男性/おじさん
 
皆様、管理人様、お久しぶりです。ずいぶんご無沙汰してました。といっても、この掲示板は時々読ませてもらっていて、近頃は男性ファンも増えてきたなあと喜んでいました。

ところで、私も今宮高校出身です。もう20数年前の卒業生ですが。今宮高校は潤三先生だけでなく、高橋和巳や今江祥智など、ゆかりのある文学者が結構いらっしゃいます。ついでに申しますと、私は帝塚山学院(中学部)の出身でもあり、潤三先生とのご縁があると勝手に嬉しがっています。

潤三先生の作品からはしばらく遠ざかっていますが、以前読んだ川本三郎さんの書評が同氏の新刊『郊外の文学誌』に収録されていました。
では皆様、また。

どくたーT@管理人(647) 題名:ご遠慮なくどうぞ 投稿日 : 2003年2月26日<水>00時53分/東京都/男性/おじさん
 
今高野球部応援ページ管理人殿

こういうリンクの申しこみはとても嬉しいです。
どうぞ遠慮無くリンクしてください。
私の方も、早速(と言っても明日以降になるのですが)貴ページをリンクさせて頂きます。


教えてください
鈴木(660) 投稿日 : 2003年3月4日<火>22時51分/三重県/女性/30代後半
 
庄野さんに作品の感想をお便りしたいのですがご自宅の住所など教えていただけないでしょうか。一般の読者には無理でしょうけど、ほんわかと幸せな気持ちにさせていただく庄野さんに是非お礼を書きたいのです。すごく身近にいてくださる方のような気がします。みなさんもそう思いませんか。

小川(664) 題名:「編集部気付」はいかがでしょう 投稿日 : 2003年3月5日<水>08時22分/神奈川県/男性/50代前半
 
鈴木 様
 はじめまして。どくたーT様がお書きになっているとおり、鈴木様がお読みになった本の出版元の「編集部気付/庄野潤三様」でお便りを出されれば、届けてもらえるのではないでしょうか。
 以前、本にはさんである読者はがきを編集部の人が持ってきて読んだということを書いた庄野さんの文章を読んだことがありました。自分も手紙を出したくなったらそうしようと思ったので、記憶にあります。

どくたーT@管理人(661) 題名:御便りは多分喜ばれると思います 投稿日 : 2003年3月5日<水>00時20分/東京都/男性/おじさん
 
鈴木様
庄野先生のご住所は私も知っておりますが、一応個人情報ですので、先生のご了解なしに教えることは出来ないと考えております。もし、どうしても先生に手紙を読んでいただきたいのであれば、講談社、新潮社、文芸春秋社に連絡して、担当編集者の方に、手紙を庄野先生まで届けて頂く方法があります。各社とも多分やってくれます。
また、図書館で朝日年鑑や紳士録を調べれば、住所が書いてあるかも知れません。冷たいようですが、ご自分でお探しください。


『経験』の翳り
しも(644) 投稿日 : 2003年2月22日<土>19時09分/大阪府/男性/おにいさん
 
先日、「庭のつるばら」を読み終わりました。面白かったです。
私はここ数年作品を読んでいなかったので、今手に入るものからランダムに読んでいます。すると当然新旧入り混じった読み方になるわけで、かなり不思議な気持ちになります。「絵合せ」を読み終わって「庭のつるばら」に移ったのですが、最初は読みづらかったですね。でも読み進めていくとすぐにその世界にはまってしまって。伊良湖大旅行では、まちがいなくトウさんの運転するマイクロバスに私も乗っていましたね。本当に最初の読みづらさはなんだったんだろう?と思ってしまいます。
私は文学的なことはさっぱり分からないのですが、岩阪恵子さんの解説や週刊文春の書評を読むと「なるほどな〜」と感心してしまいました。もしかしたら最初に感じた読みづらさは長編小説を途中から読んだような居心地の悪さだったのかも。
岩坂さんの解説の中で高橋英夫さんの「『経験』の翳り」が紹介されていますが、どんな内容なんでしょうか。かなり気になります。読んでみたいのでちょっと探してみようかと思ってます。

しも(659) 題名:絶版ですが 投稿日 : 2003年3月3日<月>21時34分/大阪府/男性/おにいさん
 
版元に問い合わせましたので、間違いないと思います。
しかたないので、古本を探すつもりです。
古本も以前はあちこち歩き回ってやっと一冊みつけていましたが、最近はインターネットがあるのでなんとかなるのじゃないかと思っています。

どくたーT@管理人(656) 題名:「紺野機業場」絶版? 投稿日 : 2003年3月2日<日>23時25分/東京都/男性/おじさん
 
講談社の文芸文庫は、値段は高いけれども、丁寧に作って、絶版をしないというのが売りだとばっかり思っていました。少なくとも最初のポリシーはそうでした。でも絶版になるのですか。はあ。講談社は今年赤字決算だそうですから、売れない物は切らざるを得ない、ということなのでしょうか。残念なお話です。

しも(653) 題名:残念。 投稿日 : 2003年3月2日<日>20時43分/大阪府/男性/おにいさん
 
近年の作品で文庫化されていないものはまだ読んでいません。ハードカバー版のもので売っているのがありますが、通勤中に読む事が多いので、買おうかちょっと迷っています。最近の文庫本では講談社文芸文庫の紺野機業場が手に入りませんでした。絶版だそうです。
あぁ、残念。
各出版社の方にはがんばっていただいて、どんどん出して欲しいです。懐かしきオハイオとか上下巻で。でも文庫化とかはベストセラーとかじゃないとなかなか難しいのでしょうか。
「『経験』の翳り」については探していますが、まだ見つかりません。インターネットで探した評論とかにも引用されていたので、結構有名なのでしょうか。今度図書館にでも行って探してみます。

どくたーT@管理人(645) 題名:私も知りません。 投稿日 : 2003年2月23日<日>23時41分/東京都/男性/おじさん
 
しも様
私は、「庭のつるばら」ハードカヴァーで持っていますので、文庫本は購入していないのですが、岩阪恵子さんの解説は立ち読みしました。「高橋英夫さんの「『経験』の翳り」」そういうことが書いてあったのでしょうか。彼女が仰っていることは私は非常に納得できたのですが、覚えていません。
庄野さんの作品は何作も続けて読んでいる内に、見えて来るものがあると思います。週刊文春の書評に書かれていたように、晩年の連作は、新潮社発行分以外のものも早く文庫化すればいいと思います。
『庭のつるばら』一行見出し
小川(648) 投稿日 : 2003年2月28日<金>23時22分/神奈川県/男性/50代前半
 
 こんにちは。
 『庭のつるばら』の中の、「読売ランド前へ。」「相川さんのピラフ。」「妻の庭
仕事。」等々、あのおなじみの、小さな見出しのような一行一行をひろって調べてみ
ました。

 この一行の見出しは全部でだいたい二百七十ほどありました。
 その中で、一番多く登場するのは、ばらのようです。「英二伯父ちゃんのばら
(2号)」「清水さんのばら」「ブルームーン」「エイヴォン」の全部を合わせて
27回です。
 登場回数の多いものは、ほかに、「読売ランド前へ」「山の下へ」などの「〜へ」
というのがあります。23回。

 人物で回数の多いものはだいたい次のようです。
夫婦或いは庄野夫人:「ハーモニカ」21回、「ピアノ」14回、「妻」を含むもの
2回
清水さん:「清水さん」を含むもの14回、「悲しき知らせ」1回
長女:「長女」を含むもの11回
長男:「山の下」を含むもの7回
次男:「次男」を含むもの7回
フーちゃん:「フーちゃん」を含むもの5回
それから、「ジップ」4回、「ミミリー(「うさぎ」も)」7回

 御覧のとおり、ばらは、「ブルームーン」「エイヴォン」までかぞえました。また
「庄野夫妻或いは庄野夫人」として、「ハーモニカ」や「ピアノ」をかぞえて合計
しましたが、ほかは、ほとんど一行見出しの中の言葉をひろっただけです。ですか
らこれは、作中の、人、もの、ことがらの、ほんとうの登場回数とはだいぶ違い
ます。
 調べてみたとはいっても、このとおり、はなはだ勝手でおおざっぱなもので、
また、数え違いもあることと思います。
 もしかしたら、作者は、こういうメモをつけながら、作品を書きすすめているの
かもしれないと想像をして、遊んでみました。

 全部の見出しの中でとりわけ印象が強いのは、2回出てくる「悲しき知らせ」の
一行です。

どくたーT@管理人(655) 題名:一行見だし。 投稿日 : 2003年3月2日<日>23時16分/東京都/男性/おじさん
 
小川様
いいところに目をつけられました。一行見出しは、確かに最近の庄野さんの作品の特徴になっているようです。WATA様(はじめまして、管理人です。これからも宜しくお願いいたします)が
>後期のシリーズでも、始めの頃は見出しはなかったように記憶しています。
と書かれておられますが、実際どうなっているか、晩年シリーズについて、冒頭の一段落を抜き出して見ます。

「貝がらと海の音」:成城へ行く用があって、昼食後、妻と二人で家をでる。八月が終って、九月に入った最初の日のこと。暑い日。崖の坂道を下りて行くと、崖よりの、雨水が流れるようになったコンクリートの溝の狭いところを、小さなとかげがわれわれと競走するように走った。
「ピアノの音」:読売ランド前の次男のところの小学三年生になる孫娘のフーちゃんから妻の誕生日のお祝いの手紙が届いた。封筒の表書きもフーちゃんの字で、おそらくお母さんのミサヲちゃんに書いてもらったお手本を見て書いたのだろう(以下後略)。
「せきれい」:函館みやげ。
「庭のつるばら」:五月の子供の日には、妻は毎年、南足柄の長女のところへいろいろ箱に詰めて宅急便を作って送ってやることにしている。今年も「こどもの日おめでとう」と大きな画用紙に書き、よこに鯉のぼりの鯉を二つマジックで書いたものをのせた宅急便を作る(後略)。
「鳥の水浴び」:メジロ。
「山田さんの鈴虫」:鈴虫。
「うさぎのミミリー」:「レ・ミゼラブル」(8月12日)

この感じからいくと、日記かわりの創作ノートをそのまま作品にするという江国さんとの対談で言っていたことが完全に実施されたのは、「鳥の水浴び」からの様です。
ちなみに一行見出しは、多用されていたかどうかは別にして、もう少し前から使われているようです。例えば、「さくらんぼジャム」では、「午後、妻は梅の実の残っていたのをとる。」(294ページ)、「書斎の机の上に薔薇のエイヴォン。」(144ページ)。
割と多く使われるようになるのは「ピアノの音」からです。

小川(652) 題名:WATA さま へ 投稿日 : 2003年3月2日<日>16時27分/神奈川県/男性/50代前半
 
WATA 様
 はじめまして。拙文を読んでくださったこと、うれしく思います。
 一行見出しの意味については、庄野さんの諸作品を、長いあいだ読みこんでいらっ
しゃる方の御意見をうかがいたいところです。
 ところで、フーちゃんは、「フーちゃん‥‥」のところだけでなく、かならず「次
男一家」のところにも登場します。また、フーちゃんの読書感想文は「ジップ」のと
ころに出てきます。
 一方、ミミリーは、「ミミリー‥」のところ以外に、「山の下」のところにもよく
出てきます。
 全文中から言葉をひろったとしたら、フーちゃんの方が、ミミリーより数が多いか
もしれません。
 「江國香織さんとの対談」を見ておらず、ノートのことは知りませんでした。教え
てくださってありがとうございます。

WATA(650) 題名:一行見出しはいつから? 投稿日 : 2003年3月2日<日>13時18分/愛知県/女性/30代後半
 
 初めまして。今日始めてこちらのHPを拝見し、とても嬉しく存じます。
 後期のシリーズでも、始めの頃は見出しはなかったように記憶しています。(手元に本がないので曖昧ですが) 作を経るにつれて文章が徐々に短くなり、見出しから始まる簡潔な日誌風に変化していますね。私も、この見出しはちょっと気になる部分だったので、面白く拝読しました。フーちゃんよりミミリーの回数が多いのが意外でした。
 江國香織さんとの対談の中で、ノートを作っていて、それを見ながらほとんどそのまま書くと答えていらしたのですが、それが「小説」になってしまうのですから凄いことです!


初めまして。
スミエ(649) 投稿日 : 2003年3月2日<日>01時08分/女性/おねえさん
 
初めまして。庄野潤三さんの作品は、<貝がらと海の音>の文庫本が
出たあたりから知りました。読み終わった後、自分の心が軽くなって温かくなり、
もっと知りたい衝動に駆られ、諸作品を読むため、今、図書館に通いつめております。
庄野さんの作品には、何気ない生活の中での一つ一つの事柄が、やさしく書かれていて
その中で、何か大切なことを教えてくれるような文章に感動しております。
特に印象に残っている言葉は、庄野さんが夏子さんや、フーちゃんや、
奥さま、清水さん、その他たくさんの人々(動物にも)に<ありがとう>と
言われる所です。<ありがとう>て、最近思うように口から出していなかった
自分に反省しました。その意味では、庄野作品に出会えて大変に幸せです。
好きな作品は、<インド綿の服>と、後期作品全部です。
野鳥と、ジップ君、ミミリーが出てくるところが好きです。
また、庄野さんのところで、ドリトル先生シリーズを知りました。(これも面白いです。)
奥さまのピアノの練習曲である、ブルグミュラーのCDも買い聴いてます。
私の生活も、庄野さん化していきそうです。(まだ、宝塚歌劇へは行ってません。)
また、これからも、どんどん庄野作品を読んでゆきたいと思います。

では、失礼します。


どくたーT@管理人(654) 題名:ブルグミューラー 投稿日 : 2003年3月2日<日>22時39分/東京都/男性/おじさん
 
スミエ様
いらっしゃいませ。「貝がら」で庄野ワールドを開眼したということであれば、「貝がら」を文庫化してくださった新潮社に厚く御礼申し上げなければなりません。スミエ様のような方がたくさんいらっしゃるわけですから、文庫化は重要です。

ドリトル先生シリーズは、井伏鱒二が全部を訳し、岩波書店から出版されていますが、私も小学生の時に読みました。井伏さんの訳は実に名訳でして、今も尚、小中学生の読書アイテムの定番のようです。

ブルグミューラーの練習曲も、あういう初心者むきの練習曲集の中で最も音楽的に優れているものだと思います。25の練習曲全てにタイトルが付いています。私は月並みですが、「貴婦人の乗馬」が好きですね。ちなみにこの練習曲の11曲目が「せきれい」、庄野さんの「せきれい」はここが由来です。

庄野さんは自分の目で良いものを「良い」といい、素敵なものを素敵だ、といいます。それは決して派手ではありませんが、実があるようです。スミエ様はその実に惹かれるのですね。

WATA様
私もジャパニーズ・ビジネスマンを生業にしておりますので、平日はどうしても遅くなりがちです。ですから、WATA様のおっしゃる、

>波立つ気持ちがうまくなだめられ、心地よく眠ることができるのです。

よく分ります。
私は、三浦哲郎についてはそれほどよい読者ではありませんが、何冊かは読んでおります。しかし、ヨーグルトファンシーは食べたことがない。今度体験して見ましょう。

WATA(651) 投稿日 : 2003年3月2日<日>14時07分/愛知県/女性/30代後半
 
初めまして。私も『インド綿の服』と後期作品を愛好しています。残業続きの夜に読むと、波立つ気持ちがうまくなだめられ、心地よく眠ることができるのです。「ありがとう。」は、たったこれだけなのに本当に素晴らしい庄野さん独自の文章ですね。
個人的に昨年宝塚歌劇に開眼しました。おかげで宝塚に関する短いコメントも理解できるようになり、悦に入っております。「ヨーグルトファンシー」も先日食べました。
あと、私の喜びは「三浦(哲郎)のりんご」でした。中学のときから愛読しておりましたので。どちらもお勧めです。それでは。


TOKYO BROS.
ジーナ・谷(637) 投稿日 : 2003年2月15日<土>16時09分/東京都/女性/お年頃
 
という雑誌の本屋に勤める方がお気に入りの本を紹介する”吾輩は本屋である”というコラムで『貝がらと海の音』が紹介されていました。
雑誌のなかで庄野さんの名前を見るのって初めてだったので、なんだか嬉しかったです。

紹介していたのは銀座の福家書店の店員さんでした。

どくたーT@管理人(643) 題名:見つけられなかった 投稿日 : 2003年2月18日<火>23時34分/東京都/男性/おじさん
 
今日、帰り本屋さんに寄ったので、探したのですが、見つかりませんでした。その書店では取り扱っていないのか、探した場所が悪いのか、、、。時間もなかったのですが、、。
また明日にでも再度チャレンジしましょう。

ジーナ・谷(640) 題名:雑誌というより… 投稿日 : 2003年2月16日<日>01時08分/東京都/女性/お年頃
 
テレビガイドみたいな内容の本です。
一ヶ月分のテレビ番組表がメインに載っています。
ちなみに庄野さんが載っていたコラムは2月16日のページです。

どくたーT@管理人(639) 題名:知らない雑誌だ!? 投稿日 : 2003年2月15日<土>19時54分/東京都/男性/おじさん
 
ジーナ様
教えてくださり、ありがとうございます。
Tokyo Bros.っていう雑誌があるのですか。
知りませんでした。
今度書店で探してみます。


はじめまして
午歳(うまぞー)(641) 投稿日 : 2003年2月17日<月>13時42分/愛媛県/女性/お年頃
 
 はじめまして、時々のぞいていましたが、初めて書き込みいたします。庄野さん歴はとても浅いです。「貝がらと・・」という文庫本を書店で見つけて、変わった題だなとおもい解説の江国さんの庄野さんは癖になるという言葉につられて買いました。そしてはまっています。いまは手に入れられる本はだいたい持ってます。まわりに庄野さんファンは聞いたことがないので、またおじゃまさせてください。

どくたーT@管理人(642) 題名:午歳ってやっぱり午歳うまれ? 投稿日 : 2003年2月18日<火>23時31分/東京都/男性/おじさん
 
立ち行ったことを書いてしまってごめんなさい。
うまぞー様、楽しんでいただければ幸いです。
ファン歴の長いかたもいらっしゃっていますが、庄野文学を愛好すると言う点では皆同じです。どうぞ、思いを書いて下さいます様に。
楽しんでいただければ、嬉しいです。


お久しぶりです
ききみみずきん(634) 投稿日 : 2003年2月14日<金>19時13分
 
やっと、春めいて、きましたね。
管理人さん、そして皆さん、ご無沙汰しています。

週刊文春2月20日号掲載、
坪内祐三著コラム「文庫本を狙え!」で、
「庭のつるばら」を紹介していました。

そのサワリを引用しますと、
「庄野潤三は「貝がらと海の音」以来、ずっと、やむことなく、
巨大な長編小説を、循環コードのように、書きつづけている。
淡淡としていながら(いや、淡淡としているからこそ)
それは、異様な迫力がある」

庄野さんの長いお仕事を俯瞰したどくたーTさんの評価を、興味深く深く読みました。
私は、中期の身辺を取り上げた作品の方が、聞き書きより好きです。
でも、大阪近辺を材に取った聞き書き作品はいいな、と思う。(^^ゞ

後期の作品で、文体に不満があるのですが、
坪内さんの文章を読んだ後、
文体よりも、材の取り上げ方にちょっと視線を変えてみれば、
変わらぬ庄野さんの視線が引き続いて感じられるように思えました。
後期の作品を一冊一冊でなく、全体として意識し直して、読み返すと、
又、違った感興が起きるでしょう。

子どもの手が離れた頃に読みたいと思います。(笑)

どくたーT@管理人(638) 題名:情報有り難うございます 投稿日 : 2003年2月15日<土>19時51分/東京都/男性/おじさん
 
ききみみずきん様、ふかお様
情報ありがとうございました。私は週刊文春をたまに買うのですが、今週号は買っていませんでした。今度見て見ます。庄野先生の読者は確実に増えているようなので、「貝がら」から始まる夫婦の晩年シリーズは全作文庫化されてもよいと思うのですが、新潮社以外はその意欲に乏しいようです。週刊文春で「庭のつるばら」を取り上げたのだから、文藝春秋社も「せきれい」や「山田さんの鈴虫」の文庫化に動いたらよろしいのに、と思います。

ききみみずきん様の
>私は、中期の身辺を取り上げた作品の方が、聞き書きより好きです。
>でも、大阪近辺を材に取った聞き書き作品はいいな、と思う。

私も同感。文学賞を受賞していませんが、聞き書き小説で私が一番好きなのは「水の都」です。「紺野機業場」もいいですけれど。

ふかお様
「ユタ」の件、全く知りませんでした。私も一度行って見たいと思っていたのですが、結局いかず仕舞で終ってしまいました。庄野先生は結局何年間通われたのでしょうね。

ふかお(635) 題名:ユタ 投稿日 : 2003年2月15日<土>04時49分/京都府/男性/おじさん
 
ききみみずきんさん、お久しぶりです。

私も、坪内祐三さんの連載「文庫本を狙え」の「庭のつるばら」を面白く読みました。
庄野さんが毎年正月明けに穴八幡宮にお参りして、帰りに寄ってホットケーキとブレンドコーヒーを頼まれる喫茶店「ユタ」が、昨年、閉店になったというニュースは、ちょっとショックですね。
庄野さんは、この出来事をどのような文章で書かれるのでしょうか。


庄野文学への評価
どくたーT@管理人(630) 投稿日 : 2003年2月9日<日>22時47分/東京都/男性/おじさん
 
最近の文章に対する批判。私は基本的にふかお様と同意見です。

もう少し、私個人の好みについて書かせて頂くと、私は庄野文学の最高傑作は「夕べの雲」だと思っている人間です。もう一つ申し上げれば、庄野さんの作品は、大きく3つの時期に分けられるのですが、「夕べの雲」から「インド綿の服」までが中期の作品です。第三のファン様が高く評価している作品は全て初期の作品です。私は実を云えば、例外はあるものの、初期の庄野文学を余り高く評価していないのです。初期の庄野文学を一口で括れば、危さに隣接した平穏です。危さには、死を含みます。危さに近づけば、当然ながら緊張感が生じ、文学としての緊張感も高まります。こういった文学を好む方がいらっしゃることは良く分かるのですが、そういった緊張感に共感しながら読書するには、私は年老いているようで、そういった作品よりも、初期の文学的課題を解決した上に成立した「夕べの雲」に惹かれます。中期には傑作の森とも云うべき、優れた作品が書かれていますが、その庄野さんを襲ったのが1985年の病気です。この病気以来庄野文学はまた変わります。
 85年の病気以降が庄野文学の後期になりますが、後期の作品の特徴は、これまで実行してきた庄野文学のテクニックの融合、と「余生の文学」に徹したということでしょう。日本の片隅でがんばっている庶民に光を当てる聞き書き小説がこの時期に無くなっていることが、一つの証左です。
 この余生の文学をどの様に示して行くのか、というのが庄野文学の晩年の課題であると私は思っています。その回答は、作品の中で出されているのですが、そこの境地は、初期の作品群とは全く異なった位置にあります。端的に言えば、「危さ」を直視したのが初期の文学。死を含む「危さ」を超越したのが後期の文学です。そういう視点でみると、後期の文学が、初期の文学に劣るとは、私には思えないのです。
尚、云うまでも無いことですが、初期の作品にも傑作がありますし、後期の作品にも失敗作があります。私は個別の作品のことを申し上げているのではなくて、全体感を申し上げています。

どくたーT@管理人(636) 題名:第三のファン様の意見 投稿日 : 2003年2月15日<土>12時39分/東京都/男性/おじさん
 
>庄野先生が初期の作品で描かれた詩的に美しい日常の「危機」は、この国に家庭があるかぎりに於いて、やはり「危機」として存在しているのではないでしょうか。
と書かれている第三のファン様の意見は全くその通りだと思います。しかし、その日常の危機を乗り越えてしまった庄野先生が今後またその課題に戻ることはないと思います。こういった危機は文学的課題としては常に残りますから、別の方が書かれて行くのでしょう。テイストは庄野文学とは全く異なっていますが、重松清はその一例です。

>聖家族である庄野家には、最早「危機」は訪れないのでしょうか。
私は庄野家がとても幸せな一族だとは思いますが、それは結局そうする為に皆が少しづつ努力したり我慢したりしているのだろうと思います。また、庄野さんは晩年の作品では嫌なことを書かないようにしていますから、仮に実際は危機があったとしても、作品には出してこないのではないかという気がいたします。そこが庄野文学の真骨頂だと思います。

私は10代から庄野文学に親しみ、20代で1度離れ、30代からまた再び読むようになった読者なのですが、最近10代の頃親しんだ古い作品を読み直して見ますと、昔気がつかなかったことが見えて来ることがあります。こういうことは、他の作家の作品でもしばしばあることなのですが、どうも年齢によって感受性が変わるということはあるようです。

第三のファン様のお気持ち、大切にされればよいと思いますが、今、感動出来ないと思われる作品を20年後にも読まれて見ると、また違った感想を持てるかもしれません。


第三のファン(633) 投稿日 : 2003年2月14日<金>01時22分/東京都/男性/20代前半
 
管理人様、ふかお様、ご返信有難うございました。
私も最近の文章にも余人に変えがたい魅力があることはよく解かります。最新刊もあっという間に読み終えてしまいましたから。しかし、読了後にほのぼのとはしますが、こみ上げてくるものが無いのです。「舞踏」や「団欒」を読み終えた後の感動がどうしても忘れられないので、もしかするとああいった作風の短篇が発表されているかもしれない、と単行本のページを捲ってみるのですが。
聖家族である庄野家には、最早「危機」は訪れないのでしょうか。庄野先生が初期の作品で描かれた詩的に美しい日常の「危機」は、この国に家庭があるかぎりに於いて、やはり「危機」として存在しているのではないでしょうか。庄野先生が描かれた「イタリヤ風」の課題は現在、より一層深刻なものとして提示されているのではないか、私はそう思うのです。
嘗ての庄野先生の文章にあった、静かな詩魂といったものが堪らなく恋しいのです。

どくたーT@管理人(631) 題名:これは第三のファン様へのレスです。 投稿日 : 2003年2月9日<日>22時49分/東京都/男性/おじさん
 
上記コメントは、したの第三のファン様の書きこみに対する、わたくしの感想です。


文庫版「庭のつるばら」
ふかお(617) 投稿日 : 2003年1月30日<木>13時18分/京都府/男性/おじさん
 
新潮文庫版の「庭のつるばら」を入手しました。
誰が解説を書かれているか興味の的だったのですが、作家の岩阪恵子さんという方でした。私は不明にも存じ上げなかったのですが、川端康成文学賞や紫式部文学賞などを受賞されているのですね。
「淀川にちかい町から」が講談社文藝文庫に入っているそうですし、木山捷平さんの評伝「木山さん、捷平さん」やエッセイ「台所の詩人たち」、小説「雨のち雨?」などの著作があるそうです。
これを機会に、作品を読んで見たくなりました。

小川(632) 題名:報告します 投稿日 : 2003年2月10日<月>23時24分/神奈川県/男性/50代前半
 
『日本国語大辞典第二版』(小学館)に「あうち(あふち)」が出ています。しかし、語釈は「→おうち」となっていて、「おうち」のところです。

どくたーT@管理人(626) 題名:夏はきぬ 投稿日 : 2003年2月5日<水>00時20分/東京都/男性/おじさん
 
「庭のつるばら」には「あうち散る川辺の宿の」で夏子さんが笑う、と書かれています。
ちなみに、「夏は来ぬ」の全文を書くと、
(佐々木信綱 作詞 小山作之助 作曲)

卯の花の 匂う垣根に
時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて
忍び音もらす 夏は来ぬ

五月雨の そそぐ山田に
早乙女が 裳裾濡らして
玉苗植うる 夏は来ぬ

橘の 香る軒端の
窓近く 蛍飛び交い
怠り諌むる(いさむる) 夏は来ぬ

楝(おうち)散る 川辺の宿の
門遠く 水鶏(くいな)声して
夕月涼しき 夏は来ぬ

五月闇 蛍飛び交い
水鶏鳴き 卯の花咲きて
早苗植えわたす 夏は来ぬ

この歌詞では「あうち」ではなく「おうち」と振り仮名を振っておりますが、「あうち」と書いてある例もあって、どちらが本当かはよくわかりません。

夏子さんは、「あうち」とはどういうものかを調べようとして、辞書をひいてみたけれども、載っていなかった、と書いてあります。「おうち」ならば出ていたのかも知れません。
私の辞書にも「あうち」は出ておりませんでしたが、「おうち」は出ておりました。「栴檀」の古名とのことです。


小川(625) 題名:アウチになる 投稿日 : 2003年2月4日<火>22時11分/神奈川県/男性/50代前半
 
小川です。文庫の『庭のつるばら』を買いました。解説「豊かさとは」(岩坂恵子)
には共感をおぼえました。
あちこち見ていて、「夏は来ぬ」の「あうち散る」で「妻と長女」が笑い出して先が
歌えなくなるところが目に入りました。どの本にあった話か忘れていました。
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私たちの家では昔から、「おだぶつになる。いよいよ助からない」というのを「アウ
チになる」といっていたから。それを思い出したのだろう。
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(小川です)わたくしの家でも父がよく「アウチ」と言っていました。野球の「アウ
ト」のことと思っていましたが、どうなのでしょうか。

どくたーT@管理人(620) 題名:28日 投稿日 : 2003年1月31日<金>00時14分/東京都/男性/おじさん
 
予定通り出版されたのですね。私はまだ見ておりません。
そういえば、28日は柿生のだるま市の日ですが、庄野先生御夫妻は、今年もだるまを買って、味良でタンメンを食べたのでしょうか?
ところで、1月28日のだるま市は各地でやる様で、新聞を見ていたら、高幡不動尊でもやった、という記事がでておりました。


もう一度だけ
第三のファン(627) 投稿日 : 2003年2月9日<日>02時01分/東京都/男性/20代前半
 
始めまして。先日庄野先生の最新刊を図書館で借り、読みました。その中でW杯サッカーの日本代表のことを「新潮」に書かれたものが収録されていました。ああ、先生ほどの方もあの空騒ぎに巻き込まれてしまったのかと些か残念に思いました。先生は、代表選手やトルシエのことを好意的に書かれておられました。しかし、赤髪の鶏冠馬鹿や、ファンやマスコミに度の越した邪険な態度で接する馬鹿、森嶋以外茶髪や金髪で、とても誇りに思える日本代表ではありません。彼らは最も庄野先生の小説から遠い所に位置されるものでしょう。
話は変わりますが、私は庄野先生の最近の文章がどうもピンと来ません。余りに単調ではないでしょうか。学ぶものが余り無いと言うか。「団欒」、「舞踏」、「イタリヤ風」、これらの作品にあった、何とも云えないたまらない魅力が無くなってしまった、そんな風に思うのです。これは20年以上前からのような気がします。
もう一度、もう一度だけ、「団欒」や「静物」に連なるあの最高に美しい小説が読みたい、心からそう願います。皆さんそう思われませんか?

どくたーT@管理人(629) 題名:ワールドカップ印象記について 投稿日 : 2003年2月9日<日>22時46分/東京都/男性/おじさん
 
第三のファン様

厳しい書きこみありがとうございました。こういう書きこみがないと掲示板は活性化しません。多分私は第三のファン様と違った考えをもっていますが、あなたの考え方は尊重したいと思います。

「ワールドカップ印象記」について、結構厳しいご意見ですが、少なくとも「文学界」に掲載されたあの随筆は、あの時点でのごく普通の日本人の感覚を知る上で、スタンダードな文章になっていると思います。私、即ちどくたーTは、ワールドカップ騒動に対して、最初から最後まで全く関心をもてなかったので、貴方のおっしゃる、
>赤髪の鶏冠馬鹿や、ファンやマスコミに度の越した邪険な態度で接する馬鹿、
がいたかどうかすら知りません。私も新聞は読みますので、ワールドカップをやっていることと、日本が決勝トーナメント第1回戦で破れたことは知っていますが、そんな程度です。

 庄野先生は、日本の試合はテレビで御覧になっていたようですが、それ以外のゴシップに関しては、多分私の情報とどっこいどっこいの所であったように思われます。即ち、庄野さんの立場は、あの頃のごく普通の日本人のワールドカップに対するスタンスと同じだろうと思うのです。そういう風な前提を置いた上でかの文章を読むと、ワールドカップというイベントを全く個人のレベルで見ている。変に大上段に構えた所がないのです。
 第三のファン様がおっしゃるように、ワールドカップの喧騒は、庄野文学と一番遠い所にあると思います。でも、その喧騒を題材にして、しっかりと庄野文学の世界で文章をまとめている。そこが庄野先生の凄い所だと、私は思います。

 

ふかお(628) 投稿日 : 2003年2月9日<日>20時36分/京都府/男性/おじさん
 
第三のファンさん、はじめまして。

庄野さんは、若い頃にご自身がラグビーをされており、またご長男がサッカーをなさっていたことから、もともとサッカーに親しみをもっておられて、あの原稿をお書きになったのだと思います。

確かに、「静物」に至る小説は素晴らしいものですが、庄野さんが、「静物」を発表した直後、「私は『静物』を書いたあと、雑巾をしぼるようにして自分をしぼり出す小説はかなわないと思い、今度は素材を外部に求めたいと考えていた。」とエッセイで述べられたのは、正直な信条告白だと思います。それで、「浮き灯台」をはじめとする一連の聞き書き小説が生まれました。
晩年に至って、素材を自分の家族に求められるようになったのですが、庄野さんの文章の魅力にかわりはないように思います。


悠々と
小川(616) 投稿日 : 2003年1月29日<水>19時21分/神奈川県/男性/50代前半
 
モチコ さま

「悠々たるもの」に関心をもっていただけて、うれしく思います。ただ、どくたーTさまのおっしゃるとおり、探してみるとなかなかないものです。あってもなくてもかまわないという態度で悠々としていようと思いますが、見つかったらお教えください。

わたくしは庄野作品のちょっとした言葉づかいをおもしろがるという癖があります。

たとえば『夕べの雲』
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「どうして、杭にぶつかったんだ」
「わかんない。気がついたときは、引繰り返っていたの」
「地面に杭があれば、よけそうなもんじゃないか」
折れてからそんなことをいっても始まらない。
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『明夫と良二』
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中学三年になって、いまごろ麻疹にかかるというのも、よほど間延びがしているが、かかってからそんなことをいっても仕方がない。
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『うさぎのミミリー』
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 フーちゃんに「バレー、やっている?」と訊く。
「ウン」
「どこをやってるの?」
「センター」
「九人でやるの?」
「ウン」
「スパイクも打つの?」
「ウン」
 フーちゃんは物をいわない子で、何を訊かれても「ウン」だけ。はずかしがりで無口なのである。
「バレーボール、面白い?」
「ウン」
何を訊いても「ウン」だけだが、仕方がない。
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(小川です)こういう「始まらない」や「仕方がない」が、わたくしは好きでなりません。
 ところで、モチコさまのホームページをすこし拝見しました。日記であったか、CDラジカセが「回ったとたんに「ドルルルルッ」と絶対にあり得ない音がした」というところがありますが、「変な音」でもなく「すごい音」でもなく「聞いたことのない音」でもない、「絶対にあり得ない音」というのは、若い人々ならではの言葉だと思いました。

モチコ(624) 題名:私も悠々と・・・ 投稿日 : 2003年2月1日<土>03時00分/東京都/女性/20代前半
 
「悠々たるもの」に続き、「始まらない」「仕方がない」「〜しなければならない」という言いまわし、とても面白いです。私もいつも、そこでクスッと笑っていました。
本当に、後から思ってみても「仕方がない」し「始まらない」ことってたくさんありますよね。庄野さんのこの言葉を読むと、自分の人生にもあてはまることが多いなあ、と思って、面白いと同時に身が引き締まる感じがします。
小川さんのおっしゃるとおり、「あってもなくてもかまわない態度で悠々として」、あらためて庄野さんの本の中の面白い言葉を探そうと思います。ありがとうございます。

阪田寛夫さんといえば、先日、古書で『おお宝塚!』と『土の器』を購入し、読みました。『土の器』はまだ読みかけですが・・・。文庫で、庄野さんが解説を書いていらっしゃいました。『おお宝塚!』では、阪田さんの娘さん大浦みずきさん(なつめさん)が、宝塚音楽学校へ入学するときのことが書かれていました。庄野さんに報告すると「こんどは芸名を考えんといかんなあ」と言われたとあります。
庄野さんの本にもよく登場する、なつめさんの宝塚音楽学校入学の話。阪田さんの見た側からの文章は初めてだったので、興味深かったです。

お話の内容と関係なくてごめんなさい・・・

ところで小川さん、私のホームページ見てくださってありがとうございます・・・。言葉を面白い視点から眺め、的確な感想をお書きになる小川さんに読まれたこと、とても恐縮であり、なんだか恥ずかしいです・・。へたくそな文章でごめんなさい。「あり得ない」なんて、つい軽々と使ってしまうのです。

どくたーT@管理人(619) 題名:ことば遣い 投稿日 : 2003年1月31日<金>00時10分/東京都/男性/おじさん
 
一流の作家はどなたもそうでしょうが、庄野さんも独特の言い回しがありますよね。小川様のおっしゃる、「仕方がない」は確かに時々みるフレーズです。

「さくらんぼジャム」の冒頭に、フーちゃんが髪を切った話が出てきますが、そこにも、
『フーちゃん自身も髪を長くしている方をのぞんでいるのなら、なおのこと、短く切っておかっぱなんかしない方がよかった。だが、お母さんがそうしたかったのなら、仕方がない。』

というのがありました。文庫になった「庭のつるばら」にも出ています。

そういえば、「〜しなければいけない」的な言い回しもよく使われます。例えば、「庭のつるばら」では、阪田寛夫さんの怪我について
『阪田には、出かかっている乗物に走ってとび乗ろうとするよくないクセがある。前にも一度、東京駅のフォームで発車しかけている新幹線に乗ろうとして走り、扉のしまるギリギリにとび込み、その場に倒れたまま、しばらく立てなかったという話を聞いたことがある。年を考えないといけない。』

 

追伸
ふかお(618) 投稿日 : 2003年1月30日<木>13時28分/京都府/男性/おじさん
 
カバーの装画は、「うさぎのミミリー」の挿絵を描かれた河田ヒロさんですね。
落ち着いた色調と連続模様のような軽快さが素敵です。


生きた心地がしない
小川(610) 投稿日 : 2003年1月26日<日>11時03分/神奈川県/男性/50代前半
 
どくたーT 様

おつきあいくださり、感謝にたえません。
わたくしは、なんとなく、「悠々たるもの」は女性のことをいうのに使われるの
ではないかという気がしたのですが、どうだか分りません。
随筆のほうに例がないかと見ていたら『子供の盗賊』中の「アケビとり」に

私と家内は、よく松沢君のことを「生まれながらの長沢の旦那だ。祖先
の徳を身にうけたような子だ」といって、たたえる。こせこせしない、急がず、争
わない。この松沢君を私たちは大いに学びたいものである。

というのがありました。これは「悠々たるもの」と同じ意味があるかもしれません。

「悠々たるもの」の反対の例なら、いろいろあるようです。
たとえば随筆集の『子供の盗賊』中の「不案内」は、渋谷駅前から早稲田へ、娘さ
んと一緒に行くのに、交通不案内のために不安な気持をかかえながら、父親らしい
しっかりしたところも見せたいと、あれこれ考えて歩くうちにたばこ屋を見つけ、
思わず「渋谷へ行くバスは〜」とたずねて「ここは渋谷です」と言われるという、
庄野さんの話です。
この不安な気持がもっと大きくなると、庄野さんは「生きた心地がしない」となる
ようです。
たとえば「メイフラワー日和」(『葦切り』)では

贅沢をいうようだが、時間を気にしながら行きたくない。阪急電車の中
で腕時計を何度も覗き込んで生きた心地がしないというふうな目には会いたくない。

というのがあります。
「こんなところに家を建てれば風当りが強くて、台風の時には生きた心地がしない
ということは考えつかなかったし〜」(『夕べの雲』)なら普通でしょうが、時間
が気になってしまう状態を「生きた心地がしない」というのは、「悠々たるもの」
のまさに正反対であろうと思います。

モチコ(615) 投稿日 : 2003年1月28日<火>21時59分/東京都/女性/20代前半
 
「悠々たるもの」のこと、とても興味深かったです。
とくに、本の中で発見したり報告したりすることがあるわけじゃないので
恐縮ですが、その読み方がとても面白かったので、思わず書き込んでしまいました。
私もこれから読むときに「悠々たるもの」探しをしますね。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~mochiko/

小川(614) 題名:せっかち 投稿日 : 2003年1月28日<火>21時37分/神奈川県/男性/50代前半
 
小川です。『イソップとひよどり』を見ていたら、中国へ行ったときのことを書いた文章に、次の一行がありました。

せっかちな私が中国へ来てみたくなるのは、こうした悠揚迫らぬ人たちに接したかったからではないだろうか。

どくたーTさまのおっしゃるとおりのようです。

どくたーT@管理人(611) 題名:悠々たるもの 投稿日 : 2003年1月26日<日>23時59分/東京都/男性/おじさん
 
文章を読んでいると、とてもそうは思えないのですが、庄野さん自身は割合せっかちな方の様で、「庭の小さいばら」に載っていたエピソードでは、庄野先生夫妻と夏子さんとが日光に出掛けた後、なつこさんからの手紙で、「お父さんの、もうええ、もうええ、がいつでるかと冷や冷やしました」(原文にあたっていないので正確ではありません)という趣旨の文章が載っていたと思います。
そういう方であるからこそ、ものに動じない、大らかな態度を好ましく思うのかもしれません。
松沢君は作品によっては「大沢君」とか「テケシ」として登場します。良二の友人ですが、生田の在の農家の子供で、良い意味での田舎臭さを持った子、として描かれているように思います。その悠々としたところが、庄野さんが興味をもつ源だったのかも知れません。

「生きた心地がしない」は普通使われる言葉ですが、庄野さんの場合、特別な感慨が込められている様ですね。「不案内」は、文章自身は決して面白く書かれてはいないのですが、落ちがおかしく、題材の斬り口の上手さが予期せぬユーモアを醸し出していて、私の好きな随筆の一つです。


崖の坂道
ジーナ・谷(612) 投稿日 : 2003年1月27日<月>00時51分/東京都/女性/お年頃

またもやご無沙汰しております。

今日ね、ちょっと用事があって生田の近所まで車で出かけたのです。
庄野先生の事をふと思い出して、西三田団地のまわりをぐるっと一回りしてみました。

わかっていて廻った訳ではないので、漠然とあっちゃこっちゃ走っただけだったのですけれどもね。
で、帰ってきてからどくたーTさんの小説の町並みのページを見ていたら、あら、まぁビックリしてしまいました。
あのものすごい坂道ね、通ったのですよ。
あの上に庄野先生のお宅があったのでしょうか。
あぁ、もっとよく見てくればよかった〜。
そういえば、帽子を被ったちょっとオシャレなおじいさんが、もうひとりの男性と一緒に坂道を降りてきていたのですが、まさかまさか…。


どくたーT@管理人(613) 題名:それは可能性が大ですね 投稿日 : 2003年1月27日<月>22時30分/東京都/男性/おじさん
 
日曜日は、東京近辺はよく晴れていましたので、ジーナ様がお見掛けになったお洒落なおじいさんは、庄野先生のお散歩の可能性は大きいですね。
庄野先生の御自宅は、例の坂道の上にあるはずです。山の上ですから。


「悠々たるもの」
小川(608) 投稿日 : 2003年1月23日<木>22時44分/神奈川県/男性/50代前半
 
 こんにちは、小川です。先日、『うさぎのミミリー』を読んでいて、次のところがおもしろいと思いました。
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妻の話。有美ちゃんのお母さんがお身体の具合のよくないお父さんのことを話し続けている間、有美ちゃんはニコニコして聞いている。甘いもの好きで、ケーキを食べ、紅茶には角砂糖を二つ入れる。近ごろはやせたがる女の子が多くて、甘いものは食べないのに、有美ちゃんは悠々たるものである。
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(小川です)しばらくして読んだ文庫の『絵合せ』の「著者から読者へ」という巻末の文章にも、次のような文章がありました。
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 その良二が不意に「サンタ・ルチア」を歌い出したのが「三月ごろの或る晩」で、その歌を聞いて感心した姉の和子が竹の籠を自分の顔にかぶせて部屋のなかを眺めているが、その和子は、
「あと二月とちょっとで結婚する」
 と書いてある。
 結婚する当人も悠々たるものである。
「黍坂のニワトリは、籠の中でなく」
 といっては、ニワトリのなき声を出している。
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(小川です)このほかにどのような人々が「悠々たるもの」と感心され、たたえられているか、お気づきの方がいらっしゃいましたら、お教えくださるとさいわいです。
 「悠々たるもの」とたたえられた人々の目録を作ったら面白いのではないかと思っただけです。

どくたーT@管理人(609) 題名:悠々たるもの 投稿日 : 2003年1月25日<土>23時42分/東京都/男性/おじさん
 
小川様
面白いアイディア、ありがとうございます。
早速、私も「悠々たるもの」探し、やってみました。でも、見つからないものですね。小のさんは、ゆったりとこせこせしないことがお好きなようですので、他にもありそうですが、私はこの表記に注目したことがこれまでなかったので、ちょっと探しきれないようです。
他の皆様も、何かありましたら、どうぞレスをつけてください。


教えてください
みわ(597) 投稿日 : 2003年1月15日<水>01時26分/大阪府/女性/20代後半
 
以前、一度書き込みをした者です。ご無沙汰しています。
実は、皆様にお尋ねしたいことがあって、書き込みました。
それは、庄野先生原作の映画かドラマのことです。タイトルは「月給泥棒」となっていました。1962年制作で、主演は宝田明となっていました。とても気になります。知ってる方がいましたら是非教えてください。
NHKの「夕べの雲」も見てみたいです。

みわ(607) 題名:ありがとうございます 投稿日 : 2003年1月21日<火>00時18分/大阪府/女性/20代後半
 
ドクターTさん、返信ありがとうございます。気になってた内容がわかりました。ちょっと庄野先生っぽくない作風だと思いました。
いろいろ調べてくださってありがとうございました。
またときどき書き込みします。

どくたーT@管理人(606) 題名:「月給泥棒」について記されたサイト 投稿日 : 2003年1月19日<日>00時17分/東京都/男性/おじさん
 
映画のクレジットが喜斎されているページにリンクをはりました。

もう閉鎖されてしまった「日のあたらない邦画劇場」というサイトにこの映画の感想が書いてありましたので、写します。

月給泥棒
1962年/東宝/宝田明・主演/岡本喜八・監督/松木ひろし・脚色
宝田明のサラリーマンコメディ。なんで植木等はでてこないの?

 大手カメラ会社の社員・宝田明は、イヤミな上司・中丸忠雄のご機嫌とりに忙しい超お調子者である。

 彼のあだ名は「出世計算機」という。

 ある日、さる国の石油王・ジェリー伊藤が商談のために来日するという情報を得た宝田はひとやま当てようと馴染みのホステス・司葉子をジェリーにあてがって商談を有利にすべく工作を開始する。恋人を出世の道具にするという卑劣な宝田明だったがライバルのカメラ会社としのぎを削るさなか、司葉子にゾッコンになったジェリーに頼まれて彼女に飲ませようと隠し持っていた「惚れ薬」をジェリーに飲ませてしまうという失態を演じてあっさりクビになる。

 「出世計算機」として辣腕を奮っていたかれはいつの間にか「月給泥棒」というあだ名をつけられて会社を追い出されることに。宝田明に愛想をつかして一度はジェリー伊藤と結婚しそうになった司葉子が、実は第四夫人だったという地位に立腹して帰ってくると、宝田はちゃっかりライバルメーカーに就職を果たしているのだった。

 どこから見ても「無責任シリーズ」。宝田明はその長身とスマートさと下品さが身上であるから、植木等のサラリーマンとはかなり趣が異なる。ノホホンとした東宝のサラリーマン映画を、もちまえの「バカ笑い」で蹴飛ばした「無責任男」のような爽快さはない。

 この映画の最大の収穫は「ヘンな外人(死語ですな)」ジェリー伊藤である。日本の企業の接待、多くはお座敷で芸者をあげてのドンチャンさわぎであるが、これに正座で参加した彼は当然ながら足が痺れてくる。造作の大きい顔を苦痛に歪めて百面相、あわてて立ち上がって六方を踏むようによろけて小気味良くコケる。全体的にテンポとリズムが軽快なところは後の「ああ爆弾」への突入を予感させる。

 「惚れ薬」を飲んでしまった後の豹変ぶりにも大笑い。最後に司葉子を妻として迎え入れるのだが、彼の母国は一夫多妻制だったので、順列後位に腹を立てた司葉子はさっさと帰国してしまうのだった。司葉子にネコみたいに甘える(じゃれる?)ジェリー伊藤が愛くるしくていい。大げさな演技も「外人」ならでは?と許せてしまうのだった。

 宝田明の不完全燃焼に対して、ジェリー伊藤の熱演がやたらと光ったが、個人的にびっくりしたのは、およそ世間一般のサラリーマン顔とは天文学的数値で差別化をはかっている中丸忠雄の「サラリーマン」姿であった。単なるカタギの中間管理職、しかもデスクワークなんて、それまでのキャラクターを見慣れている私には到底信じられないもんだから、実はウラで拳銃の密輸でもしてるのでは?という疑念が最後まで晴れなかったが、宝田明に出張の手土産をもらってニコニコしているただの人だった(キザだけど)。迫力のある御面相を「黒ブチ眼鏡」でカモフラージュしていたのが印象的だった。

こういう内容からすると、庄野さんにとっては不本意だったのかもしれません。

 


http://www.jmdb.ne.jp/1962/cl003930.htm

どくたーT@管理人(605) 題名:「月給泥棒」について 投稿日 : 2003年1月19日<日>00時10分/東京都/男性/おじさん
 
この映画は私も見たことがありませんが、確かに庄野潤三「タゴンさんの恋人」が原作の様です。ところが、この作品は、昭和49念3月に講談社の全集に掲載された自作の年譜にも書かれておりません。庄野さんにとって不本意な作品だった、ということなのかもしれません。私も原作は読んだことがありません。

なお、映画自身は岡本喜八の作品なので、現在でも見ることは可能なようです。映画に関する簡単なメモは以下の通りです。

月給泥棒 東宝 無責任シリーズの番外編みたいな、サラリーマン喜劇。カメラ会社の営業マンが、ライバル社と大口取り引きを競う。外国の貿易商に扮するジェリー伊藤が音楽にあわせて見せるパントマイムは、抱腹絶倒!
出演:宝田明、司葉子、宮口精二、浜村純

みわ(602) 題名:ありがとうございます 投稿日 : 2003年1月17日<金>00時44分/大阪府/女性/20代後半
 
タマシャム様、早速のご返信ありがとうございます。庄野先生に似つかわしくないタイトルだったので、頭の中がはてなマークで一杯だったのですが、「タゴンさんの恋人」ますます気になってしまいました。いつか読んでみたいです。ほのぼのとした内容なのでしょうか?

タマシャム(599) 題名:ごめんなさい 投稿日 : 2003年1月15日<水>05時02分/広島県/男性/50代後半
 
書き込みができたと喜んで読み返してみたら、映画の題名を間違えていました「結婚泥棒」ではありません「月給泥棒」です。

タマシャム(598) 題名:原作は読んでいませんが 投稿日 : 2003年1月15日<水>04時56分/広島県/男性/50代後半
 
みわ様はじめまして。映画「結婚泥棒」は、私は観ておりませんが、原作は昭和31年5月「オール読物」に掲載された「ダゴンさんの恋人」のようです。この作品は全集にも作品集にも入っていません。脚本は松本ひろしさん、監督は岡本喜八さんとなっています。
ここ数日いくら書き込んでもうまくおくれないので、この書き込みうまく送れるかどうかわかりませんが、とりあえずお送りします。


こんにちは
モニカ(603) 投稿日 : 2003年1月17日<金>16時35分/神奈川県/女性
 
どくたーTさん、こんにちは。
今日はとてもいいお天気で暖かかった上に、何も予定がなかったので
下の息子と2人で生田に行き
味良でタンメンを食べてきました。
詳しくは私の日記に書きましたが、とても美味しかったです。
そして嬉しかったです。
今度はシャトレーでショートケーキを買い
藤屋でアップルデニッシュなども買いたいと思います!
嬉しかったのでご報告!(*'ー'*)
http://monica.banbi.net/

どくたーT(604) 題名:そろそろ1月28日 投稿日 : 2003年1月18日<土>23時47分/東京都/男性/おじさん
 
モニカ様、御報告ありがとうございます。

庄野さんが味良で「タンメン」を食べるのは、柿生のだるま市の帰りですから、1月28日ごろのはずです。あと1週間一寸ですね。
モニカさんはそれに先んじて召し上がったわけですから、良かったですね。ちなみに私は、味良に入ったことはありません。生田を探検した経験はあるのですが、味良には寄りませんでした。その代り、藤屋のパンは買いました。シャトレーは改築中でしたが、もう営業を始めたかしら。


浜ゆうのはなし