オペラに行って参りました-2019年(その3)

目次

異郷への憧れ 2019年5月10日 「ここはよいところ」を聴く
あはははは! 2019年5月17日 「魔女たちのお見合い~魔女たちのお茶会!? vol.2」を聴く
水準点の向上 2019年5月19日 新国立劇場「ドン・ジョヴァンニ」を聴く
官能を排除したときに見えるもの 2019年6月5日 東京二期会オペラ劇場「サロメ」を聴く
素敵な演奏だっただけに・・・ 2019年6月9日 新国立劇場「蝶々夫人」を聴く
子供のエネルギーを表現するために 2019年6月15日 NISSAY OPERA2019「ヘンゼルとグレーテル」を聴く
小さいコンサートだからこそできること 2019年6月16日 「高橋薫子・但馬由香 美術館コンサートvol.3」を聴く
今後の伸びしろ 2019年6月28日 新国立劇場オペラ研修所オペラ試演会「イオランタ」を聴く
素晴らしきネモリーノ 2019年6月30日 藤原歌劇団・NISSAY OPERA2019「愛の妙薬」を聴く
ベルカント・オペラの難しさと楽しさと 2019年7月14日 「ベルカント・オペラとフランス・オペラ・コミックの夕べ」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2019年5月10日 入場料:全自由席 4000円

「ここはよいところ」

会場:MUSICASA

出演者

ソプラノ 小林 厚子
メゾ・ソプラノ 鳥木 弥生
メゾ・ソプラノ 池田 香織
     
ピアノ 江澤 隆行
オーボエ 河口 紋子

プログラム

作曲 曲集/作品名 曲名 歌唱
ラフマニノフ(吉田智生 編曲)   ここはよいところ 作品21-7 小林 厚子/鳥木 弥生/池田 香織
ドヴォルザーク ロマの歌 作品55 私の歌は響く 作品55-1 小林 厚子
我が母の教え賜いし歌 作品55-4
弦をととのえて 作品55-5
鷹にかごをやってごらん
グリーグ 6つの歌曲 作品48 1. あいさつ  池田 香織
2. いつの日か、わが想いよ
3. 世の中なんてそんなもの
4. 口の堅いナイチンゲール
5. 薔薇の時に
6. 夢
ラフマニノフ   美しい人よ、歌わないでください 作品4-4 鳥木 弥生
私は全てを奪われた 作品26-2
夢 作品8-5
休 憩
ヤナーチェク   小林 厚子
楽師さんたち
チャイコフスキー   ただ憧れを知る者のみが 作品6-6 池田 香織
チャイコフスキー 歌劇「エフゲニ・オネーギン」 タチアーナとオルガの二重唱「林の向こうから聴こえる悲しい恋の歌を」 小林 厚子/鳥木 弥生
チャイコフスキー 歌劇「オルレアンの少女」 ジャンヌのアリア「時は来た~さようなら故郷の丘よ」 鳥木 弥生
ドヴォルザーク 歌劇「ルサルカ」 ルサルカのアリア「月に寄せる歌」 小林 厚子
ラフマニノフ(山田武彦編曲)   グロリア 池田 香織(オーボエ:河口 紋子)
アンコール
グリーグ   君を愛す 作品5-3 小林 厚子/鳥木 弥生/池田 香織
ラフマニノフ(吉田智生 編曲)   ここはよいところ 作品21-7 小林 厚子/鳥木 弥生/池田 香織
オーボエ:河口 紋子

感想

異郷への憧れ-「ここはよいところ」を聴く

 オペラ歌手のリサイタルにも時々伺いますので、歌曲を聴くこともそれなりにあるわけですが、イタリア語の曲が一番多くて、次がドイツ語、フランス語、日本語の順で、その他、英語やラテン語の歌を聴くこともありますが、それ以外の言語の曲ってほとんど聴いたことがなかったと思います。ところが、今回聴いたのは、ロシア語、デンマーク語、チェコ語という感じで、自分にとってほとんど聴くことのない言葉の歌曲、ある意味非常に興味深かったです。

 作曲家にとって、歌曲はその中核にないにしても無視することはできないジャンルであり、しかしながら、それを中心に語られる作曲家は実は少ない。例えばブラームスは、生涯300曲以上の歌曲を作曲しているにもかかわらず、一般には交響曲の作曲家としてみなされています。かく言う私も1番や4番の交響曲であれば何十回と聴いた経験があると思いますが、ブラームスの歌曲は有名な「子守歌」と、大曲の「ドイツ・レクイエム」と「アルト・ラプソディ」を別にすれば、ほとんど聴いたことがありません。それぐらい、歌曲は虐げられています。同様にわたしにとってもラフマニノフはピアノ曲の作曲家ですし、ドヴォルザークは交響曲作曲家、ヤナーチェクはオペラの作曲家、チャイコフスキーは管弦楽法の大家の印象です。

 今回の演奏会で、知っていたのは、オペラアリアを除けば、「我が母の教え賜いし歌」ただ1曲という体たらく。アンコールで歌われた「君を愛す」は比較的有名な曲のようですが、実はこちらも初耳でした。こういう曲の組み合わせで演奏会をするのは難しく、今回歌ったのは、小林厚子、鳥木弥生、池田香織の三名ですが、演奏会を企画したのは、グリークの歌曲を歌いたかった池田で、新国立劇場が「イェヌーファ」を上演したとき、イェヌーファのカヴァーとして入って、チェコ語の歌に詳しい小林と、師匠がオブラスツォワでロシアの曲に詳しい鳥木に声をかけたのではないかと思いました。

 演奏に関して言えば、彼女たちの実力から言えば当然の歌を歌われていたと思います。最初の3人で歌った「ここは良いところは」なんらかの不具合があったようで、ちょっとハーモニーが乱れるところがありましたが、他は音的に気になるところはなく、さすがのパワーと音のコントロール力でしっかり聴かせてくれたのではないかと思います。もちろん、曲も知らないし、言葉も分からないので、演奏についてはそれ以上申し上げようがない、というのはあります。

 曲に関しては、やはり民族性を感じられるものが多かったです。ドヴォルザークにしても、ヤナーチェクにしても民謡を取り入れている部分があるようで、そこにボへミヤやモラビアの匂いを感じましたし、ラフマニノフにはラフマニノフ独特の甘さをかぎ取ることができました。ラフマニノフの「グロリア」は彼のピアノ協奏曲第2番第2楽章にラテン語のグロリアの歌詞をつけたものでした。オーボエのオブリガートもよく、面白く聴きましたが、あの甘い緩徐楽章は、曲が「グロリア」という感じではないので、妙な違和感を感じました。

 東欧や北欧が「ここはよいところ」と言えるのかどうかは分かりませんが、知らない曲をたくさん聴けて楽しかったです。こういう演奏会もたまにはよいものです。

「ここはよいところ」TOPに戻る
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019年5月17日 入場料:全自由席 3400円

星のなかま★コンサート 「魔女たちのお見合い~魔女たちのお茶会!? vol.2」

会場:ミューザ川崎音楽工房 市民交流室

出演者

魔女 細見 涼子
オラオランピア 山崎 浩美
ターネ 種田 典子
お隣の王国の双子の王子、コーイ王子 琉子 健太郎
お隣の王国の双子の王子、ウースイ王子 三浦 大喜
デリラ6世 はやかわ 紀子
怒瑠華磨裸 市川 宥一郎
くま子 宮本 彩音
くま 佐藤 みほ
声楽アンサンブル 平岩 はるな/岡山 肇
ピアノ 小島 由樹子

プログラム

作曲家 作品名 歌曲名 歌手
モーツァルト 魔笛 誰か助けて! 琉子、三浦、山崎、種田、細見
モーツァルト コジ・ファン・トゥッテ ねえ、見て、妹よ 山崎、種田
ヴェルディ レクイエム 怒りの日 全員(合唱)
小林秀雄   愛のささやき 琉子、三浦
ヴェルディ 椿姫 乾杯の歌「友よ、酌み交わそう、喜びの酒杯を」 宮本、琉子、三浦、他全員(合唱)
ドニゼッティ 愛の妙薬 お聞きなさい、村の衆 市川、他全員(合唱)
休憩
バーンスタイン キャンディード きらびやかに着飾って 山崎
グノー ファウスト 宝石の歌 種田
プッチーニ トスカ 星は光りぬ 琉子
サン・サーンス サムソンとデリラ 私の心はあなたの声に花開く はやかわ
ドニゼッティ ドン・パスクァーレ 良い知らせだ 宮本、市川
フンパーディンク ヘンゼルとグレーテル ポークス、ポークス 細見
ビゼー カルメン セギディーリヤ「セビリア城壁の近くの」 細見、はやかわ、佐藤
プッチーニ トゥーランドット 誰も寝てはならぬ 三浦、女声合唱
ビゼー カルメン ジプシー・ソング「鈴が打ち鳴らされれば」 女声全員
フンパーディンク ヘンゼルとグレーテル 眠たくなれば 宮本、佐藤

感想

あはははは!-星のなかま★コンサート「魔女たちのお見合い~魔女たちのお茶会!?vol.2」を聴く

 お話を作って、そこにそのストーリーに合うようなアリアや重唱曲を組み合わせるコンサートが時々やられます。牧野真由美さんはその手の文才があるようで、彼女が書いたシナリオでやるコンサートには、二度ほど伺ったことがあります。今回は、その台本をメゾ・ソプラノの佐藤みほが書き、藤原歌劇団の合唱部で主に活躍しているメンバーによって上演されました。

 会場は、ホールではなく、広めの会議室といった風で、ほぼ100席。舞台というほどのものもなく、会場にVの字に座席が置かれ、その中に置かれた机や台を使って演技がされるというもの。手作り感の非常に強いものでした。

 主演は魔女三姉妹ということになるのでしょう。その三姉妹を細見涼子、山崎博美、種田典子の三人が演じましたが、この三人こそが、藤原歌劇団合唱部の魔女たちです。彼女たちは本年の「蝶々夫人」にも出演されていましたが、山崎、種田のお二人は、1988年の「カルメン」から出演されていますし、細見に至っては、その前年の87年の「トロヴァトーレ」が最初の登場です。30年以上のキャリアは、まさに魔女役にぴったりということなのでしょう。ちなみに、その他の出演者ですが、琉子健太郎、三浦大喜のお二人は藤原歌劇団の本公演では、合唱がほとんどですが、外部公演ではいろいろな役柄を歌われており、何度も聴いたことがあります。宮本彩音は、私が10年来聴き続けているソプラノ。市川宥一郎は最近売り出し中のバリトン、先日の「蝶々夫人」では、シャープレスで登場しました。

 藤原歌劇団の合唱部は力のある合唱団であるといつも思っているのですが、今回のようなコンサートでも圧倒的に魅力的なのは、合唱です。例えば、ドゥルカマーラの登場のアリア。この曲は最初ファンファーレがあって、続いて合唱、それから、ドゥルカマーラが登場してアリアを歌い、その後半では、合唱とソロとが交錯しながら進むという形を取っています。その冒頭の合唱が見事です。その前のシーンの体勢から一気にこの曲の雰囲気に持ち込むところなどは、素晴らしいとしか言うしかありません。これで、市川のアリアが完璧だったらよかったのですが、さすがに難曲、口が廻らなくなるところもありました。

 乾杯の歌はテノールソロ、ソプラノソロもよかったのですが、やはり合唱が入ってからの方が、ぐっと盛り上がりました。

 合唱についてもう一つ申し上げれば、ヴェルディ「レクイエム」の「怒りの日」。この曲は通常100人以上の大合唱で歌われますが、ソプラノだけ3人、他の3パートは2人、という感じでの歌唱ながら、しっかりと合唱になっているのが凄いと思いました。

 全体的には、アリアよりも重唱が良かったと思います。例えば、「魔笛」の侍女の三重唱などは、細見、山崎、種田の和音の感じ方がすぐれているのでしょう。とても素敵な響きで見事でした。また、「コジ」の二重唱も素敵だったと思います。「ドン・パスクァーレ」の二重唱も楽しく聴けました。一方、「きらびやかに着飾って」や「宝石の歌」はあんまり上手くいっていなかった感じです。はやかわ紀子のデリラのアリアは低音に迫力があって魅力的。三浦大喜の「誰も寝てはならぬ」は、彼の声質に会う曲だとは思いませんが、きっちり仕上げて見せました。

 ストーリーがそもそもおふざけで、曲の間の佐藤みほの語りも笑いを取る方に走っておりましたが、歌がぐちゃぐちゃになるのかと思いきや、皆さん、大真面目に臭い演技をやってくださり、歌い始めのところなどはしっかりポイントを押さえて見せてくれました。かなり笑いながら聴かせていただき、楽しみました。

「魔女たちのお見合い」TOPに戻る
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019年5月19日
入場料:C席 6804円 4F 1列49番

主催:新国立劇場

オペラ2幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」
Don Giovanni)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ 

会場 新国立劇場・オペラ劇場

スタッフ

指揮 カースティン・ヤヌシュケ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
チェンバロ 小埜寺 美樹
合唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演出 グリシャ・アサガロフ
美術・衣裳 ルイジ・ベーレゴ
照明 マーティン・ゲブハルト
再演演出 三浦 安浩
音楽ヘッドコーチ 石坂 宏
舞台監督 斉藤 美穂

出演者

ドン・ジョヴァンニ ニコラ・ウリヴィエーリ
騎士長 妻屋 秀和
レポレッロ ジョヴァンニ・フルラネット
ドンナ・アンナ マリゴーナ・ケルケジ
ドン・オッターヴィオ フアン・フランシスコ・ガデル
ドンナ・エルヴィーラ 脇園 彩
マゼット 久保 和範
ツェルリーナ 九嶋 香奈枝

感 想

水準点の向上-新国立劇場「ドン・ジョヴァンニ」を聴く

 新国立劇場の再演物の安定感を非常に感じさせる上演だったと思います。もちろん最上とは程遠いのですが、あるレベル以上で3時間40分持たせたという意味では新国立劇場の劇場としてのシステムのレベルの確実さを示したと申し上げられると思います。

 それを強く感じさせてくれるのが、妻屋秀和の騎士長と久保和範のマゼットです。この二人は何度もこの舞台で騎士長とマゼットを演じていますが、それだけのことはあると思います。妻屋は、妻屋としては最上のコンディションではなかったと思いますが、それでもあの歌は高レベルだと思います。久保のマゼットも低音の響きがもう少し広がってくれるともっといいとは思いますが、それを除けば、この演出にとても嵌っていると思いますし、動きが自然で見事だったと思います。

 九嶋香奈枝のゼルリーナもよかったです。九嶋は7年前この舞台でゼルリーナを歌いましたが。その時はあまり似合わないゼルリーナでした。彼女は、見た目はスーブレットなのですが、声質は純正リリコで本来ゼルリーナ向きではないと思います。しかし、今回は、しっかりゼルリーナになり切っていました。声自体は7年前とあまり変化はないと思うのですが、何かが変わって、可愛らしいけどかかあ天下的なゼルリーナになっていたと思います。「誘惑の二重唱」、「ぶってよ、マゼット」、「薬屋の歌」、みなよかったと思います。

 この舞台は初めての残りの5人ですが、まず褒めなければいけないのは、オッターヴィオを歌ったガデルです。声が、オッターヴィオの声にふさわしい軽いテノールですが、その声をしっかりコントロールしているのが素晴らしいと思いました。第一幕の「私の心の安らぎこそ」で注目し、第二幕の「私の大切な人を」で更に感心しました。これで、もうちょっと歯切れが良ければと思います。

 タイトルロールのウリヴィエーリは、よく言えば中庸の悪く言えば特徴の見えないドン・ジョヴァンニでした。色っぽさも中途半端ですし、デモーニッシュな表現も今一つです。二兎を得ずと申し上げたらよいのでしょうか。フルラネットのレポレッロもドン・ジョヴァンニと似通った表現で、両者が表裏一体の関係にあるということを表現したかったのかもしれませんが、メリハリは今一つです。個々の歌は決して悪いということはありませんでしたが、ドン・ジョヴァンニはもっと厳しい表現で追及していかないとその面白みが伝わらないのではないかと思いました。

 レポレッロはドン・ジョヴァンニに寄り添うよりももっと対抗的に表現したほうが、その特徴が出るのではないかと思いました。端的に申し上げればブッフォとしての可笑しみが感じられません。もっともっと臭い演技をして、従者としての悲しみを訴える方が、ドン・ジョヴァンニとの対抗軸になるのではないかと思いました。一番の聴かせどころである「カタログの歌」はもちろん上手なのですが、上品で私の好みではありません。

  ドンナ・アンナのケルケジ。キャリアを見ると、レジェーロソプラノとしてキャリアを積んできた人のようです。確かに美しい高音の持ち主なのですが、ドンナ・アンナとしては、声に重みが足りないと思いました。第二幕の大アリアなどは、見事に歌い上げていましたが、低音の重しが足りないので、中途半端な浮ついた曲に聴こえてしまいます。低音のアンカーが効いていて、その上に美しい高音が響けば見事なのでしょうが、なかなかそいう言うわけにはいきません。

 脇園彩のエルヴィーラも今一つです。彼女は、やはりソプラノではないのだと思います。登場のアリアは、音が下がっている感じがありましたし、正しく歌えていても頭が押さえられている感じが凄くありました。表情や演技はエルヴィーラのメランコリックな表情や一途なところがしっかり見せることができていて悪くはないのですが、高音の伸びがないのと、高音になると、声の響きが金切り声系になるのが如何なものか、と思いました。

 ヤヌシュケの指揮はあまり特徴を感じさせないもの。舞台を邪魔していない感じだったのでよかったのだろうと思います。

 以上、枠組みと脇役がしっかりしていて、バランスよく進んでいたおかげで、全体としてはまあまあ良くまとまった演奏に仕上がっていたと思います。

「ドン・ジョヴァンニ」TOPに戻る。
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019年6月5日
入場料:D席 6000円 5F L1列25番

主催:公益財団法人 東京二期会
共催:公益財団法人 読売日本交響楽団

東京二期会オペラ劇場 ハンブルグ州立歌劇場との共同制作

~二つの「サロメ」~ひとつのストーリーから生まれた二つのドラマ

オペラ1幕 字幕付き原語(ドイツ語)上演
リヒャルト・シュトラウス作曲「サロメ」
Salome)
原作:オスカー・ワイルド
台本:ヘドヴィッヒ・ラッハマン 

会場 東京文化会館大ホール

スタッフ

指揮 セヴァスティアン・ヴァイグレ
管弦楽 読売日本交響楽団
演出 ウィリー・デッカー
演出補 シュテファン・ハインリッヒス
舞台美術 ヴォルフガング・グスマン
照明 ハンス・トェルステデ
舞台監督 幸泉 浩司

出演者

ヘロデ 今尾 滋
ヘロディアス 池田 香織
サロメ 森谷 真理
ヨカナーン 大沼 徹
ナラポート 大槻 孝志
ヘロディアスの小姓 杉山 由紀
ユダヤ人1 大野 光彦
ユダヤ人2 新海 康仁
ユダヤ人3 高柳 圭
ユダヤ人4 加茂下 稔
ユダヤ人5 松井 永太郎
ナザレ人1 勝村 大成
ナザレ人2&奴隷 市川 浩平
兵士1 大川 博
兵士2 湯澤 直幹
死刑執行人 仲川 和哉
エジプト人&召使 須藤 章太/山田 貢央
カッパドギア人2 石川 修平

感 想

官能を排除したときに見えるもの-東京二期会オペラ劇場「サロメ」を聴く

 「サロメ」ってオペラなのかしら、今回の東京二期会の上演を聴いて思ったは、まずこのことでした。申しあげるまでもなく「サロメ」は管弦楽作品で、自らを「英雄」になぞらえたシュトラウスが、満を持して作ったオペラ第一曲目です。そこには、管弦楽法の手練れたるシュトラウスの技量が山のように詰っている。だからこそ、この作品はオーケストラの演奏会で、演奏会形式で取り上げられることが多いわけですし、私はこの作品を聴きに行くとき、管弦楽も楽しむようにしている。しかし、今回の演奏は、「オペラとは似て非なるもの」という風に感じました。端的に申し上げれば、歌付きの交響詩ですね。

 読響の演奏はテクニック的には非常に上手だったと思います。打楽器の切れ味よい打撃の感じや、各所で聴こえる光景を音楽で表す表現は、この作品を持つおどろおどろしさを浮き立てるのに、一定の効果を示していたと思います。ただそのおどろおどろしい表現が期待ほどか、と申し上げれば、イマイチスタイリッシュです。もっと踏み込んで、臭いほどにおどろおどろしさを強調すればよいのに、ヴァイクレはそこまでオーケストラを踏み込ませません。理知的でお行儀のよい演奏に終始しました。オーケストラのヴィルトゥオジティを楽しむという観点ではとてもよい演奏だったとは思いますが、それは凄く上っ面で、この作品を本質に迫るような演奏とは違っていたのではないのかな、という気がします。

 更に申し上げれば、理知的ではありますが、全然官能的ではない。音楽にエロスを感じさせない。もっとためを取って、細かくテンポを動かしてやればエロティックに聴こえると思うのですが、そういうところを意図的に拒否している感じがしました。それは演出に対応したのかもしれません。演出も徹底的にエロチシズムを封印してきました。舞台は灰色の傾いた階段であり、L字型に切れ込みがはいいて、段違いになっている。その段違いの隙間が、ヨカナーンは閉じ込められている牢獄という設定です。その歩きにくそうな階段を上下左右に動いて歌うわけですから、「いつか転ぶんではないか」と聴き手がハラハラしてしまいます。歌手たちもそこを颯爽と歩くというわけにはなかなかならず、へっぴり腰で動いている人もいました。

 衣裳も基本モノトーン。グレーの華やかさを拒否した衣装で、また、サロメ、ヘロデ、ヘロディアスみな坊主頭です。七つのベールの踊りでは脱がないし、それどころか脱ぐという雰囲気すらない。そういう飾りを全て排除したところにデッカーの演出の肝である、本質を見極める、という意図が隠されているのでしょう。しかし、そのエロスを拒否したところにある人間の欲望っていったい何なのか、と私は思ってしまいます。

 日本で「サロメ」の全曲が初演されたのは、1962年ですが、浅草オペラ時代から「サロメ・ダンス」と称して、「七つのベールの踊り」の音楽に乗せて、歌手が脱ぐというパフォーマンスがあったらしい。そもそもがそういうエロチシズムで受け入れられてきた作品の、聴き手の期待を裏切る演出には、私は好きになることはできません。今回の演出で歌うぐらいならば、演奏会形式の方がマシなのでは、と思います。少なくとも歌手は、地にしっかり足がついているだけで、歌いやすくなると思います。

 そんな厳しい条件の中で歌手たちはかなり頑張りました。まず最初に評価すべきは池田香織の歌ったヘロディアス。抜群の安定感でした。歌うところがとても多い役ではありませんが、サイボーグ的なオーケストラに合わせたのか、冷静だけどもヘロディアスの邪悪な感じをしっかり見せる立派な歌で、大変感心いたしました。

 サロメに期待される声質とは違った声だとは思いますが、森谷真理のサロメも頑張りました。サロメとしてはもっと低音が響いてほしいと思いますし、官能的な部分の高音ももう少し厚みがあればよいとは思いますが、後半はほとんど出ずっぱりの中、これだけ完成された立派な歌が歌えたこと、素晴らしいと思います。

 ヘロデの今尾滋。バリトンからテノールに転じた頃は、なぜテノールに転じたの、と思わせるような歌ばっかり歌っていたわけですが、今回のヘロデはテノールの歌と響きになって見事でした。大沼徹のヨカナーンは舞台の上で歌っているときは、立派な声で感心しましたが、牢獄で歌う陰歌になったとたん、妙な響きに変化して浮ついて聴こえたのは残念です。装置の構造に問題があったのかもしれません。大槻孝志のラナポートはサロメへの恋心を感じさせる歌ではありませんでした。それは大槻の問題というよりも、この演奏と演出がそれを認めなかったのではないかという気がしました。

「サロメ」TOPに戻る。
本ページTOPに戻る

鑑賞日:201969
入場料:C席 5832円 4F 336

主催:新国立劇場

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「蝶々夫人」Madama Butterfly)
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場 新国立劇場・オペラ劇場

指 揮 ドナート・レンツェッティ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 冨平 恭平
演 出 栗山 民也
再演演出 澤田 康子
美 術 島 次郎
衣 裳 前田 文子
照 明 勝柴 次朗
音楽ヘッドコーチ    石坂 宏 
舞台監督 高橋 尚史

出 演

蝶々夫人 佐藤 康子
ピンカートン スティーヴン・コステロ
シャープレス 須藤 慎吾
スズキ 山下 牧子
ゴロー 晴 雅彦
ボンゾ 島村 武男
神官 千葉 裕一
ヤマドリ 星野 淳
ケート 佐藤 路子

感 想

素敵な演奏だっただけに・・・-新国立劇場「蝶々夫人」を聴く

 バランスの取れた、かなり上出来な演奏だったと思います。本年は4月に藤原歌劇団がなかなか立派な「蝶々夫人」を上演して感心したわけですが、音楽的な意味でのトータルのレベルは新国立劇場が一枚も二枚も上手だったという感じです。新国立劇場のレパートリー公演の質の高さについては、これまでも何度も言及していますが、今回もまさにその一例と申し上げてよいと思います。

 まず、オーケストラが手を抜かず、と言って頑張りすぎるわけでもなく、ちょうどいい感じで舞台を支えました。東京フィルの水準もどんどん上がっているということなのでしょう。東フィルは昔はずいぶんミスも多くて、「大丈夫なのか」と思うような演奏も時々あったわけですが、考えてみると、ここ数年東フィルの演奏で、悪い意味でハラハラさせられた演奏って思いつきません。本日も基本、しっかりした美音を醸し出していたと思います。指揮者もよかったのでしょう。レンツェッティという指揮者、私は初めて聴く人ですが、イタリアオペラの手練れのようで、バランスの良い、聴かせる指揮をやっていたと思います。

 歌手陣も基本良好。まず、蝶々さんを歌った佐藤康子が素晴らしい。かなり考えた役作りをしているようで、それが歌でしっかり見せてくれているところが素晴らしいと思いました。例えば、「ある晴れた日に」ですが、これを佐藤はたっぷりは歌いますが、クライマックスにしない。この曲は、帰ってくるピンカートンと「ああしたい、こうしたい」という希望を歌っている曲ですから、ストーリーの中では、言ってみればおまけみたいなものです。このアリアがなくてもストーリー展開には困らない。だから、ここにクライマックスを持ってくるのは本来おかしいのですが、多くの蝶々夫人歌いはここに焦点を当ててきます。もちろん、それはそれで盛り上がりますから、ひとつの行き方ではあるのですが、佐藤はこの曲を割とあっさりと歌って見せます。しかし、次の場面でシャープレスが訪ねてきて、「蝶々夫人」と呼び掛けられると「ピンカートン夫人」と言い換えるところのきっとした表情で歌って見せ、その訪問が、ピンカートンが戻ってくることの連絡だったということを知ると前のめりになる。「ある晴れた日に」の平穏と、その後の「うきうきした感じ」の差異がはっきり見られたところなどは凄いな、と思いました。

 そして、第二幕後半の緊張感の作り方、本当のクライマックスへの盛り上げ方が、見事でした。全体的に端整なのですが、少しずつ熱を帯びてくる感じが素敵でした。文句なしにBravaでしょう。

 コステロのピンカートンもよかったです。この方、レジェーロ寄りのリリック・テノールの声質で、一般にピンカートンに期待される声よりも軽いと思いますが、その軽さが、ピンカートンの軽薄さを表現するのにちょうど良い感じです。ちょっとなよなよしすぎかな、とも思いましたが、この軽くて甘い声は、蝶々夫人を誘惑するのにうってつけな感じがしました。

 須藤慎吾のシャープレスも見事。ちょっと堂々としすぎている感があり、シャープラスの傍観者的いい加減さを表現するためには、もう少し引いてもいいのかな、とも思いましたが、きっちりと役目を果たした立派なシャープレスでした。山下牧子のスズキもいつもながらの安定感がしっかり認められ、とてもよかったです。

 本来テノール役のゴローはバリトンの晴雅彦が歌いました。晴はゴローのようなコミカルなバイプレーヤーを歌うととても上手な方ですが、今回のゴローは、芝居のメリハリがはっきりしない部分があって、歌よりも動きにケレンを加えたほうが良いのかな、と思いました。そのほかの脇役陣もしっかりと自分の役割を果たしました。

 以上素敵な演奏でよかったのですが、上演自体はイマイチ好きになれません。新国の演出が水を浴びせていた感じがするのです。この舞台は2005年のプレミエから毎回見ていますので今回で7回目の観劇になるのですが、全然好きになれない。栗山民也は日本的情緒を排してこの舞台にしたそうですが、黄土色のモノトーンは眠気を誘いますし、日本の春、という感じが全然しないのも違和感があります。少なくとも舞台と演出は、藤原歌劇団の方が断然よいなと思いました。

「蝶々夫人」TOPに戻る。
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019615
入場料:S席 9000円 1F L36

主催:公益財団法人ニッセイ文化振興財団

NISSAY OPERA 2019

オペラ3幕、字幕付日本語訳詞上演(日本語翻訳:田中信昭)
フンパーデンク作曲「ヘンゼルとグレーテル」Hänsel und Gretel )
台本:アーデルハイト・ヴェッテ

会場 日生劇場

指 揮 角田 鋼亮
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
合 唱 C.ヴィレッジシンガーズ
児童合唱 パピーコーラスクラブ/えびな少年少女合唱団
児童合唱指導 籾山 真紀子
演出・振付 広崎 うらん
美 術 二村 周作
衣 裳 十川 ヒロコ
照 明 中川 隆一
演出助手    手塚 優子 
舞台監督 幸泉 浩司/蒲倉 潤

出 演

ヘンゼル 郷家 暁子
グレーテル 小林 沙羅
父親(ペーター) 池田 真己
母親(ゲルトルート) 藤井 麻美
魔女 角田 和弘
眠りの精/露の精 宮地 江奈

ダンサー:久保田 舞、熊谷 崇、佐伯 理沙、人徳 真央、鈴木 明倫、鈴木 奈菜、出口 雅子、長澤 仙明、花島 令、古澤 美樹、松本ユキ子、宮原 由紀夫、屋代 澪、Ree

感 想

子供のエネルギーを表現するために-NISSAY OPERA 2019「ヘンゼルとグレーテル」を聴く

 童話を原作にしたオペラはいろいろ書かれていますけれども、子供に見せるという観点で選ぶのであれば、まず指を折るべきは「ヘンゼルとグレーテル」だな、と素直に思える舞台でした。2013年初演で、本年再演であるそうですが、2013年の初演は見ておらず今回が初見です。2013年は夏休みの子供向けプログラムとして企画されていますが、そのこともあってか、子供を意識した演出です。しかし、子供を意識した演出において歌手もダンサーもその演出に忠実であったことが、分かりやすさにつながり、楽しめる舞台につながったのではないかと思いました。

 広崎うらんの演出の特徴は、「先に舞踏ありき」だと思います。言い換えるならば、ミュージカルを意識した演出と申し上げてよいかもしれない。だから、一番美しいのは二幕の終わり、オーケストラの伴奏に乗って、14人の天使が舞を見せるシーン。この天使の踊りは美しいですし、見事だったと思います。

 一方、歌手たち、ことにヘンゼルとグレーテルはたいへんでした。「先に舞踏ありき」を踏まえた歌唱・演技を要求される。要するにダンサーと同レベルで子供のように踊ることを求められる。そのことが子供のエネルギーを表現するためには必要なことでしょうが、手足の先まで子供のように身体を柔らかくして、全身で子供のように動かなければいけない。その運動量はそれだけでも大したもので、それをマイクなしで歌いながらやらなければいけないわけですから、ほんとうに大変だったろうと思います。おそらくオペラをよく知っている演出家だったら、歌手の負担が大きいこんな演出はやらなかったと思いますが、逆にオペラを知らない演出家だったからこそできた舞台なのだろうとも言えそうです。

 それを郷家暁子も小林沙羅もしっかりやって見せました。二人とも身体がよく動くし、足もよく上がります。それもただ上がるのではなくて、揃う。バランスがいい。オーディションで選ばれたようですが、その時はバレエのレベルも確認されたのだろうな、その上で、練習も相当積んだな、と思わせる演技でした。更にこの二人、歌唱もよかったです。さすがにあの踊りを踊りながら歌うわけですから、ノーミスというわけにはいかなかったのですが、音楽の流れには常に乗っていましたし、音も綺麗に響いて飛んできました。歌詞も一部を除いてよく分かりました。また、ヘンゼルとグレーテルの音色の違いもちょうどいい。ヘンゼルはしっかり男の子でやんちゃ坊主でしたし、グレーテルはおしゃまな少女でした。

 それ以外の歌手ではまずゲルトルートの藤井麻美が良かったと思います。疲れた母親を見せてくれました。ペーター役の池田真己はちょっとぎくしゃくした感じがあって、もっとこなれた歌になるといい。もう一つ申し上げれば、この方ハイバリトンのようで、低音が全然響いてこない。そこがいまいちでした。眠りの精/露の精を歌った宮地江奈。この方昨年の「後宮からの逃走」を聴いたときもそう思ったのですが、声がやや上ずる癖があるようです。中低音部はもっと抑えた歌い方をする方が良いと思いました。

 そして忘れちゃいけないのが、角田和弘の魔女の怪演。50男がビキニ姿で踊るわけですから、見た目はおどろおどろしいものがあります。しかし、角田はノリノリのテンションで見事に歌い演じました。魔女はあれぐらいインパクトがなければいけません。

 角田鋼亮指揮新日本フィルの演奏は、細かなミスはあったものの概ね良好。子供たちの合唱も可愛らしく素敵な響きでよかったです。

「ヘンゼルとグレーテル」TOPに戻る。
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019年6月16日 入場料:全自由席 3500円

「高橋薫子・但馬由香 美術館コンサート vol.3」

会場:光が丘美術館

出演者

ソプラノ 高橋 薫子
メゾ・ソプラノ 但馬 由香
     
ピアノ 石野 真穂

プログラム

作曲 曲集/作品名/作詞 曲名 歌唱
フォーレ 2つの二重唱曲 作品10-2 タランテラ 高橋薫子/但馬由香
フォーレ 2つの歌 作品46-2 月の光 高橋 薫子
フォーレ 2つの歌 作品4-2 リディア 但馬 由香
フランク 3声のミサ曲 作品61-b 天使の糧 高橋薫子/但馬由香
サン・サーンス   アヴェ・マリア 高橋 薫子
ドビュッシー L.4 星の夜 但馬 由香
グノー お昼寝 高橋薫子/但馬由香
マスネ ドン・キショット 女が20歳になると 但馬由香
グノー ファウスト 宝石の歌 高橋 薫子
オッフェンバック ホフマン物語 美しい夜、おお、恋の夜よ 高橋薫子/但馬由香
休 憩
越谷 達之助 石川啄木作詞 初恋 但馬 由香
多 忠亮 竹久夢二作詞 宵待草 高橋 薫子
小林 秀雄 野上彰作詞 愛のささやき 但馬 由香
小林 秀雄 藤田圭雄作詞  日記帳 高橋 薫子
團 伊玖磨 北山冬一郎作詞 紫陽花 高橋 薫子
中田 喜直 渡辺達生作詞 歌をください 但馬 由香
加藤 昌則 宮本益光作詞 もしも歌がなかったら 高橋薫子/但馬由香
アンコール
木下 牧子 武鹿悦子作詞 ねこぜんまい 高橋 薫子
平井 康三郎 宮澤章二作詞 フグなんて、フグなんて 但馬 由香
佐原 一哉 古謝美佐子作詞 童神 高橋薫子/但馬由香

感想

小さいコンサートだからできること-「高橋薫子 但馬由香 美術館コンサートvol.3」を聴く

 古今東西、長い歴史の中でどれだけの音楽作品が発表されてきたかを知る人は誰もいないと思いますし、現在楽譜が入手出来て音楽に変換できる作品に限っても、何万あるのか、何十万あるのか。コンサートに行って、自分にとって未知の音楽を聴けることは、それまで知らなかった新たな興味を湧きたててくれます。

 高橋薫子と但馬由香のコンビの美術館コンサート、昨年に引き続き本年もお邪魔したのですが、今年はピアニストの石野真穂がフランス留学経験があるというところから前半はオールフランス物、後半は日本歌曲というプログラムで攻めてきました。そして、そのフランス物も、1870年ごろから1890年ごろに作曲された作品が中心というかなり特徴的なもの(一番古いのが、「ファウスト」(初演:1859年)、一番新しいのが「ドン・キショット」(初演:1910年))。フランス音楽が一番輝いていたのは、19世紀後半から20世紀初頭ですから必然的にそうなったのかもしれませんが、類似性があるというか、ひとつのまとまりのある音楽になっていたように思います。逆によく知られた曲はあまり多くなくて、私が知っていたのは、オペラアリアを別とすれば、「月の光」と「天使の糧」の二曲だけ。それ以外の曲は今回初めて聴きました。

 最初の「タランテラ」はまさにタランテラと言うべき速い音楽で、和音もハモリやすいものではなく、ひとつ間違えると、一瞬にして崩壊し、立て直せなくなる音楽だと思いますが、そこは中堅とベテランとのコンビ。しっかりとまとめて良好。有名な「月の光」はメゾゾプラノの落ち着いた響きが青白い月の光を感じさせます。「天使の糧」も有名ですが、ソプラノとメゾのコンビで聴くのは初めての経験。この二重唱も非常に美しくよかったと思います。

 サン・サーンスの歌曲を聴いたのは全く初めての経験。サン・サーンスはアヴェ・マリアを三曲作曲しているそうですが、どの曲だったのでしょう。フランスのモーツァルトと呼ばれる作曲家の作品だけあって、ソプラノの響きが美しい。ドビュッシーの「星の夜」1880年、ドビュッシーが18歳の時の作品(但馬は、16歳の時の作品と言っていました。調べると16歳説もあるそうですが、私の手持ちの資料もWikipediaも1880年作曲説を採っています)。若書きの作品ですが、音の進行がドビュッシーとしか言いようのない独特なもの。「ペレアスとメリザンド」を彷彿とさせました。グノーの「お昼寝」。まさにスペインのシエスタを彷彿とさせるそよ風を感じました。歌手との距離が近いので、「寝る」という感じには聴こえませんでしたが、もっと離れたところで聴けば、眠りに誘われそうです。

 オペラアリア。マスネはメゾソプラノを主人公にしたオペラをたくさん書いていますが、(というか、この時代のフランスオペラはメゾソプラノがヒロインとなる作品が多いように思います「カルメン」とか「サムソンとデリラ」とか)但馬は珍しい「ドン・キショット」のアリアを選んできました。「宝石の歌」は非常にポピュラーなソプラノのアリアですが、高橋は本邦初公開とのこと。高橋の声に似合っている曲なので、初めて、ということに驚きました。「ホフマンの舟歌」メゾソプラノのベースの上にソプラノの音がゆったりと響く感じが見事でした。

 後半は日本の歌曲。最初の三曲は知っていますが、あとはどれも初耳です。日本の歌曲の後半の曲は歌曲として歌われたり、合唱曲として歌われたりしているようです。日本人は、日本語の歌詞の意味を感じながら聴けるので、日本の曲もいいなあと思いながら、気分良く聴きました。一番良かったのは、但馬の「歌をください」歌いながら感極まってくる感じが素敵でした。

 全体的に意欲的なプログラムだったと思います。お客さんが100人ほどのコンサートなので、こういう冒険もできたのでしょうね。歌手では但馬の安定感が光りました。重唱はアルトがしっかりしている方が、ソプラノの声も響くのですが、今回も但馬が盤石の土台を作ったうえに高橋が美しい声を響かせるという構図ができており、大変素敵でした。

「高橋薫子・但馬由香 美術館コンサート vol.3」TOPに戻る
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019628
入場料:指定席 3240円 1F D6 17

主催:文化庁/新国立劇場

新国立劇場オペラ研修所・オペラ試演会

オペラ1幕、字幕付原語(ロシア語)上演
チャイコフスキー作曲「イオランタ」作品69 Иоланта )
台本:モデスト・チャイコフスキー

会場 新国立劇場・小劇場

指 揮 鈴木 恵里奈
ピアノ 星和代/原田園美
合 唱 新国立劇場研修所メンバー
(原田奈於、和田悠花、一條翠葉、斉藤真歩)
演出・美術 ヤニス・コックス
装置コーディネーター 濱崎 俊幸
衣裳コーディネーター 加藤 寿子
照 明 川口 雅弘
音 響    黒野 尚 
舞台監督 須藤 清香

出 演

ルネ王 湯浅 貴斗
ロベルト 井上 大聞
ボデモン 増田 貴寛
エブン=ハキヤ 仲田 尋一
イオランタ 井口 侑奏
マルタ 十合 翔子
アリメリク 鳥尾 匠海
ベルトラン 高橋 正尚
ブリギッタ 平野 柚香
ラウラ 北村 典子

感 想

今後の伸びしろ-新国立劇場オペラ研修所オペラ試演会「イオランタ」を聴く

 チャイコフスキーに「イオランタ」というオペラ作品があることはもちろん知っていましたが、聴くのは今回初めてでした。国内では何年かに1回、ぽつりぽつりと上演されているようですが、演奏会形式であったり、あるいは小さいグループの上演だったりして、なかなかメジャーにはならないようです。これまで私のアンテナにはなかなか引っ掛かってこなかったのですが、今回新国立劇場オペラ研修所の若いメンバーで上演されることを知り、はせ参じました。

 演奏全体は悪いものではありませんでしたが、オペラの呼吸が完全に理解していないというのか、あるいはロシア語がしっくりこなかったためなのか、理由は分からないのですが、どこかちょっとバランスの悪い感じがあって(特に前半)、多分その辺の調整が的確になると、もっと締まった演奏にまとまったのではないかという気がしました。前半のアンサンブルでは、和音の響きが「これでいいのかな?(曲を知らないので正しいのかもしれませんが、チャイコフスキーならもっと美しく響くように作曲しそうです)」と思ってしまうところもあり、工夫の余地はまだまだあったのでしょう。

 歌手はタイトル役の井口侑奏がまず頑張りました。前半は、今一つしっくりこないところもあったのですが、尻上がりに調子を上げ、後半は大変すばらしい演奏になったと思います。特にフィナーレとなるボデモンとの二重唱は大変すばらしいものでした。彼女は演技も頑張っており、盲目の王女の雰囲気をしっかり出して魅力的だったと思います。

 十合翔子のマルタは比較的うまくいっていなかった前半の中でもしっかりとした歌唱とフォローで、しっかりベース役を果たし、研修所修了生の貫禄を示しました。一方、友人たちの二人は、ブリギッタ役の平野柚香が割とうまくいっていなかった印象です。

 男声陣はもっと冷静に歌った方がよかったのではないか、というのが全体の印象です。盛り上がると歌のコントロールが甘くなってしまうのが全体的な傾向で、そこを甘くならないように鍛えるのがこれからの課題なのかな、という感じです。また、演技も総じて女声ほど上手ではなかった印象です。もっと役作りを徹底して、特徴が見分け易くなるといいな、と思いました。

 ボデモン役の増田貴寛。素敵な声のリリックテノールで中低音の響きは柔らかくてとてもよかったと思います。しかし、高音がちょっと痩せてしまうのと、逆に張り上げてしまうと今一つ音程が安定しないきらいがあって、高音をもっと鍛えることを期待したいと思います。とはいえ、美しい中低音とニュアンス豊かな歌唱で、たくさんのブラボーを貰っていました。また、ヒーローとしての演技は今一つ明確なものではなく、もう少し役作りをしっかりしたほうが良かったのではないかと思います。

 仲田尋一のエブン=ハキヤ。ハイバリトンの美声が魅力的。男声の中で唯一、ずっと冷静さを保った歌唱で(そういう役であるから当然なのですが)、その一貫性がよかったと思います。ただし、ムーア人の医師という感じではなかったかな。そこは、仲田の責任というよりは演出家の見せ方ですが。

 ルネ王の湯浅貴斗。国王の貫禄と優しい父親の雰囲気を出すことに成功していたと思います。反対にロベルトの井上大聞は中途半端な感じで役割が見えない感じでした。高橋正尚のベルトランは門番という感じではなかったように思います。

 イオランタだけが白い衣装で、他は皆黒系統の衣裳。それはイオランタを浮き上がらせるという意味で理解できるものではありますが、特に男性については身分の違いが見た目にあまり明確ではなく、もう少し明確な差を出した方がよかったのかなと思いました。

 新国立劇場オペラ研修所は、主役級を育成する研修所ですが、それだけの基本的実力と才能のある若手の集団であることはよく分かりました。フィナーレの重唱の迫力がそれを示していたと思います。それでも上記の通り気になるところもありました。皆さんの今後のさらなる精進を期待しましょう。  

「イオランタ」TOPに戻る。
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019630
入場料:B席 6800円 2F E36

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益財団法人ニッセイ文化振興財団

藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2019公演

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」L'elisir d'amore )
台本:フェリーチェ・ロマーニ

会場 日生劇場

指 揮 山下 一史
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
フォルテピアノ 浅野 菜生子
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 須藤 桂司
演 出 粟國 淳
美 術 川口 直次
衣 裳 パスクワーレ・グロッシ
照 明 奥畑 康夫
振 付    伊藤 範子 
舞台監督 大澤 裕

出 演

アディーナ 中井 奈穂
ネモリーノ 小堀 勇介
ドゥルカマーラ 三浦 克次
ベルコーレ 大石 洋史
ジャンネッタ 網永 悠里

感 想

素晴らしきネモリーノ-藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2019「愛の妙薬」を聴く

 「愛の妙薬」は、私が最も親しんでいるオペラの一つで、ずいぶん多くの舞台を見てきました。20回じゃきかないと思います。その中で、ことネモリーノに関する限り、今日の小堀勇介を凌駕するようなテノールはいたかしら、と思うような素晴らしいネモリーノでした。ともかく抜群の力量。世の中に、「人知れぬ涙」で満場の喝采を浴びるテノールは数多くいるとは思いますが、冒頭のカヴァティーナ「何て美しい、なんて可愛い」でBravoを貰ったテノールは、私の聴いた範囲では小堀が唯一の例ではないかと思います。シラクーザだって貰っていないはずですから。

 その小堀の歌唱は、丁寧で正確。基本的にレジェーロの軽いテノールであることは間違いありませんが、低音もしっかり響きますし、中音部の厚みもしっかりある。とにかく立派です。「人知れぬ涙」までは文句のつけようのない歌でした。一番の聴かせどころの「人知れぬ涙」ももちろん柔らかい表情でしっとりと歌い、抜群の出来。またベルコーレとの二重唱では楽譜に書いていないハイCをしっかり響かせて見事でした。「人知れぬ涙」の後のフィナーレではさすがに緊張が途切れてしまったのか、それまでのほぼ完璧な歌とは違って、ミスも出てくるようになりましたが、そこはまあ、人間的でよかったのかな、と思うところです。

  その小堀ネモリーノに引っ張られたのか、中井奈穂のアディーナも尻上がりに調子を上げてきました。登場のアリアである「つれないイゾルデを」は普通の出来。その後のネモリーノとの二重唱は小堀ネモリーノとの力量の差を感じさせずにはいられないものでしたが、それを自分でも感じたのか、ギアチェンジをしてどんどん魅力的なアディーナに変身していきました。まず「ラ・ラ・ラ」の二重唱が見事でしたし、後半は魅力的なアディーナに変身していました。小堀ネモリーノが失速気味だったフィナーレもしっかり歌えていたのが素晴らしい。 

 三浦克次のドゥルカマーラ。日本人ドゥルカマーラの第一人者と申し上げてよい方ですが、さすがです。歌そのものの滑らかさはかつてほどではなくなったのかな、という印象ですが、そのけれんの立った演技・歌唱はバッソ・ブッフォの面目躍如と申し上げてよいのではないでしょうか。登場のアリア「お聞きなさい、村の衆」がいかにも香具師的インチキっぽい口上でおかしいですし、アディーナとの二重唱やネモリーノとの掛け合いなども、ゴツゴツした感じを出すことによって、滑らかなネモリーノやアディーナとの対比が取れていたのだろうと思います。見事でした。

 大石洋史のベルコーレ。このメンバーの中では割を食った感じです。と言って悪い歌唱では全然なく、登場のアリア「愛らしいパリスのように」も立派でしたし、その後もきっちりと自分の役割を果たしました。惜しむらくは、演出家の指示なのか、三枚目としてのキャラの立て方がおとなしい。もっと三枚目としての立ち位置を示した方が、存在感がよりはっきりしたのではないかと思います。

 合唱は手慣れたものでもちろん立派。合唱団員の細かな演技も見事でした。

 音楽的な観点でひとつ不満があるとすれば山下一史のテンポ感覚。結構遅いと思いました。これはネモリーノやアディーナの丁寧な歌唱に合わせたものなのか、山下のそもそもの体感テンポなのかよく分かりませんが、例えば、「ラ・ラ・ラ」の二重唱などは、もっとアレグロで前に進んだ方が、音楽的な勢いが増すと思いました。ただ、遅く演奏したおかげで、ここの部分でのアディーナもネモリーノも非常に丁寧に歌唱処理をしていることはよく分かりました。

 演出は粟國淳。1997年に初演され、何度も再演された舞台で、最近は2016年にも上演されています。オーソドックスなどこまでも正統派で美しい舞台。基本的な演出はもちろん一緒なのですが、細かい演技やくすぐりなどはいろいろとブラッシュアップしてきているな、という印象。

 例えば、ドゥルカマーラがネモリーノに「妙薬」として売りつける薬の中身は安葡萄酒な訳ですが、それを居酒屋で酔いつぶれている客の飲み残しのデキャンタから薬瓶に移すなんていうシーンは前もあったのでしょうか? 私が見落としていただけなのかもしれませんが、考えているな、と思いました。腰の曲がったおばあさんが、妙薬を飲んで踊りだすシーンは前も見たような気がしますが、ドゥルカマーラの登場の場面で、床屋からひげを剃っている最中の客と店主が飛び出して歌うなんて、知らなかった。私が気づいていなかっただけかもしれませんが、本当に細かい処までよく作り込んであります。

 以上、見て楽しく、聴いて楽しい素晴らしい舞台でした。

「愛の妙薬」TOPに戻る。
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019年7月14日 入場料:1F D16番 5000円

「ベルカント・オペラとフランス・オペラ・コミックの夕べ」

会場:四谷区民ホール

出演者

ソプラノ 小川 栞奈
テノール 小堀 勇介
テノール 山本 康寛
     
ピアノ 藤原 藍子

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌唱
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ こっちを向いて、愛していると言って 小川 栞奈/小堀 勇介
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ 騎士はそのまなざしに 小川 栞奈
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ 僕は遠い土地を探そう 小堀 勇介
ロッシーニ 湖上の美人 おお、甘き炎よ 山本 康寛
ベッリーニ 清教徒  あなたの優しい声が 小川 栞奈
ベッリーニ 清教徒 美しい乙女よ、貴女に愛を 小川 栞奈/山本 康寛
休 憩
ポワエルデュー 白衣の婦人 来たれ、優しい君よ 山本 康寛
ロッシーニ アルジェのイタリア女 美しいひとに焦がれて 小堀 勇介
ドニゼッティ 愛の妙薬 ラ、ラ、ラ 小川 栞奈/山本 康寛
ドニゼッティ 愛の妙薬 人知れぬ涙 小堀 勇介
ドニゼッティ 愛の妙薬 受け取って、私のおかげであなたは自由よ 小川 栞奈
ロッシーニ 「オテッロ」からオテッロとロドリーゴとデズデモーナの三重唱 さあ来い、貴様の血でこの屈辱は贖ってもらうぞ 小川 栞奈/小堀 勇介/山本 康寛

感想

ベルカント・オペラの難しさと楽しさと-「ベルカント・オペラとフランス・オペラ・コミックの夕べ」を聴く

 オペラであれば何でも聴くのですが、やはり一番好きなのは19世紀前半のイタリア・オペラです。ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニのベルカント・オペラ三羽烏の作品はどれも聴きごたえがあります。しかしながらこれらの作曲家のオペラ作品は、曲の素晴らしさと比較した場合、上演回数が多いとは言えません。その理由としてまず言われるのは曲の難易度です。総合演劇としてのオペラはその後も発達を続けますけど、こと、歌唱技術にだけ特化してみれば、ベルカント・オペラが頂点でした。だからこそ、ベルカント・オペラの曲をきっちり歌われると、それだけでわくわくしてしまいます。超絶技巧は心を揺さぶります。

 そのエッセンスを聴くことができたのが今回のコンサートでした。ペーザロへの留学経験のある若手テノール二人と新進ソプラノの歌は、課題も見え隠れするものの、全体としては若手歌手の実力をたっぷり見せてくれるもので、大変立派でした。日本のロッシーニ・テノールは五郎部俊朗さんが歌われなくなった後、正直申し上げてあまりぱっとしなかったのですが、小堀勇介が出てきてまた一皮むけるのではないか、と思っていたのですが、本日の歌を聴いてその感をますます強くしました。

 今回の一番の喜びは小川栞奈の歌が聴けたことです。まだ東京芸大大学院の学生のようですが、本当に素晴らしい歌唱でした。楽譜をきっちり読みこんで、それを自分の中で再現して正確に表出する。それができていました。それがただ機械的に出して技巧に走っているのではなく、役の勘所をつかんで、それらしい表現もできていたのが大変すばらしいと思いました。これで、声にもっと厚みが出てきて迫力が出ると、たとえレジェーロ系のソプラノであっても更に役の味が広がります。ノリーナもアディーナもエルヴィーラもそれぞれの特徴を掴まえた素敵な歌だったのですが、声が進歩すればそれぞれの特徴の描き分けが更に明確になるだろうと思いました。

 もう一点、小川のこれからの課題はオペラの本番でどう歌うかでしょう。あまり経験は多くないみたいです。そこで今日みたいな歌が歌えれば鬼に金棒でしょう。これからオペラ舞台で経験を積むことによって、更に飛躍できると思います。今後に期待できるソプラノを聴けて、本当によかったな、と思います。

 小堀勇介は前半のエルネストのアリアで喉にアクシデントがあったようで、最後の盛り上がりが胸声では歌えず、ファルセットにして逃げましたが、それを除けば非常に立派な歌だったと思います。声は本当の意味では完調ではなく、所々ざらつくところもありましたが、後半は得意のロッシーニと2週間前に日生劇場で満員の観衆を唸らせたネモリーノですから声のコントロールがしやすかったということはあるのでしょう。見事でした。小堀の巧さは高音でも低音でも滑らかに声を張れるところにあると思いました。「人知れぬ涙」が素晴らしいのは当然ですが、レジェーロ系テノールでありながらオテッロの三重唱での見事な低音には痺れました。

 山本康寛も悪くはなかったのですが、彼はどの音階でも同じように歌う、というのが上手にできないようです。高音もしっかり聴かせるのですが、ギアチェンジをしました、という感じが見えすぎます。中音部と高音部が同じような感じで歌えた方がぎくしゃくした感じが少なくなるように思いました。あとはブレスが荒いのも改良の余地ありです。しっかりしたブレスはもちろん歌唱にとって大切ですけど、これ見よがしにブレスしました、というのを見せられるのはちょっと残念かもしれません。とはいえ、愛の妙薬の「ラ、ラ、ラ」などは雰囲気が似合っていて楽しめました。

 こうやって聴いてみると、ベルカント・オペラのむつかしさを再認識させてくれたと思います。しかし、だからこそ聴きごたえもあるし、聴いて楽しい、とも思えるのですね。楽しみました。

「ベルカント・オペラとフランス・オペラ・コミックの夕べ」TOPに戻る
 本ページTOPに戻る

目次のページに戻る  

SEO [PR] !uO z[y[WJ Cu